From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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板倉赫さん

板倉赫さん

KAKUコーポレーション代表、ファッション・プロデューサー

text kentaro matsuo

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日本ではあまり知られていないけれど、欧州では広く知られている日本人がいます。例えばGPライダーの原田哲也さんなどはその代表格で、イタリアで「最も有名な日本人は?」と聞くと、皆「ハラダ、ハラダ!」と叫ぶそうです。

ではファッション界では誰かといえば、もしかしたら今回ご登場の、板倉赫(かく)さんかも知れません。

 

ミラノ在住の板倉さんは、1983年のマーレ・モーダ・サンレモでの受賞を皮切りに、四半世紀以上にも及ぶイタリアでのデザイン活動の中で、さまざまな受賞歴を誇ります。特に権威ある“アルテ・エ・イマジネ・ネル・モンド2005(世界の芸術とイメージ賞)”の受賞は、日本人初の快挙でした。

 最近では、バーニーズ ニューヨークのコンサルタントや、雑誌MADUROで連載をなさっているので、日本での知名度も急上昇といったところでしょうか。

板倉さん1

さてそんな板倉さんは、デザイナーなのかというと、これがちょっと違っていて、本人曰く「サルトであり、モデリストであり、MDであり、スティリスタであり、ファッション・プロデューサーなのです」とのこと。とにかくファッションに関連する事を手がけてきています。装いにも、そんな多様性が表れています。

 

ジャケットは、板倉さんのマエストロでもあるブルーノ・ディ・アンジェリス。1981年頃に仕立てた思い出のある一着です。なんと30年以上も前の1着ですが、まったく古さを感じさせません。

「ブルーノは私のマエストロだったのです。彼はフランコ・プリンツィバァリーの兄弟子で、その先生はマリオ・ドンニーニ。さらにその先生がドメニコ・カラチェニです」ということで、そのスジに詳しい人なら、思わずひれ伏してしまうような系譜に連なっています。

 

シャツはミラノのザ・ストアで入手したジャンネット。

「シャツだけは新しいものを買います。すぐに黄ばんでしまうからね」

チーフはロダ。

 

 メガネはミラノのマルケーゼという工房兼小売店で買ったもの。

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パンツはやはりミラノのクランという店で買ったモノですが、なんと日本製だったそうです。

「イタリア人の店員が『ズボン、ズボン』というから何だろうと思ったら、実は日本で作られたものでした(笑)。でも履きやすい。ブランド名は“丈”と書いてありますね」

 

ベルトはオルチアーニ。

 

時計はフランク・ミュラーのトノウ カーベックス。1995年に入手されました。

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 カードケースはイタリアのフォンタナ社製で、自らデザインし、自らの名を冠した”KAKU”コレクションのもの。

 

シューズはジェイエム ウエストンで、購入したのは、やはり30年以上前の1983年だったそうです。

「いいものは古くなっても、ずっと履けるし着られます」

 

さまざまな国で、さまざまな年代に作られたものを組み合わせているのに、完璧にまとまっているのは流石です。

板倉さん3

「買い物はミラノですることが多いですね。モノマルカ(=ひとつのブランドしか置いていない店)にはほとんど行きません。行きつけの店はセレクトショップで、店員たちと相談しながら洋服を選びます。彼らは私の好みとワードローブを把握していて、次々とおすすめを持ってきてくれます。そして『コレにはコレ、アレにはアレ』とコーディネイトの提案も忘れない。ジョークを交えつつ、服選びをしていると、すぐに3〜4時間は経ってしまいます。お直しも細かくする。例えばパンツの裾を上げるのも、裾幅が変わらないよう、膝下全体で詰める。しかも来店しているのは、ある程度の経験を積んだ大人ばかりで、若者はいないのです。こういう文化は日本にはないですね」

 

板倉さんの父上はテーラーで、小さい頃から「布キレにまみれて育った」そうです。アパレルメーカーにデザイナーとして務めた後、1973年に初めて訪れたイタリアで、人生の転機を迎えました。

「ミラノ、そしてフィレンツェへ行きました。フィレンツェでは、ちょうど第1回目のピッティをやっていましたね。そしてそこで見た本場の男の装いに、衝撃を受けたのです。日本とはまさに“月とスッポン”ほど違いました。遊園地へ行った子供が夢中になるのと同じように、イタリアという国に夢中になりました。私はイタリアに一目惚れしてしまったのです」

 

以来40数年、いまでもその情熱は続いているようです。

「私はいわゆる団塊の世代なのですが、同輩が定年を迎えて輝きを失っていくなか、私は年齢を重ねるごとに元気になっています。とにかく毎日がチャレンジです」

ファッションは“ライフ”と言い切る板倉さん。こんなにカッコいい先輩に出会えるからこそ、私も編集者稼業はやめられませんね。

 

岡田哲哉さん

岡田哲哉さん

グローブスペックス代表取締役

text kentaro matsuo  photography natsuko okada

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日本におけるお洒落系メガネショップの草分け、グローブスペックス代表、岡田哲哉さんのご登場です。実は私はすでに老眼なのですが、その私のメガネをお願いしているのも岡田さんです。

「ファッションとしてのメガネ、そして医療としてのメガネ、どちらも全力でやっています」との言葉通り、視力矯正具としてのメガネを、安心してまかせられるのが理由です。私はいくつかリーディンググラスを持っていますが、岡田さんに作ってもらったものは、圧倒的に見やすく疲れず、そればかりかけるようになりました。

スーツはKolor(カラー)。デザイナー、阿部潤一さんが手掛けるジャパン・ブランドです。

「Scye(サイ)、エムズ ブラック、マンドなど、日本のクリエイターが作るブランドが好きですね。日本人が作っているので着やすいし、サイズも直さないで済む。デザインにヒネリがあって面白いけれど、皆ベーシックをよく知っているので、大きくハズさない安心感もあります」

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シャツはNYのアダム キメルとカーハートのコラボ。襟に付けているピンはラルフ ローレンです。

「以前、ラルフ ローレン表参道店のすべてのディスプレイで、このピンを使っていたのです。『アレを買いたい』と言ったら、非売品だといわれた。でもどうしても欲しかったので、しつこく迫ったら、なんとタダでもらえたんですよ(笑)」

ベルトもラルフです。

 

タイはニューヨーク、ブルックリンのザ・ヒルサイド。

「ニューヨークで買いました」

実は岡田さんは、小学校と20代の頃にNYに住んでいたことがあります。日本では南青山が地元で、母校はフロムファースト向かいの青南小学校だとか。根っからの都会っ子です。

 

メガネはザ・バラックス。ご自分でデザインしているコレクションです。

「コンセプトは“ミリタリー”です。ケースはフライトジャケットのMA-1のような素材ですし、メガネクロスには1940年代の軍隊をモチーフにしたコミックがプリントしてあります」

フレームカラーは、一見黒に見えますが、実はネイビーです。

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時計はIWCのポルトギーゼ。ナイロン・ストラップに替えてあるのは、ファッションではなく、抜き差しならない理由があるのだとか。

「実は私は、レザーアレルギーなのです。革製のものを身につけていると、皮膚が赤く水ぶくれのようになってしまう」

そんなアレルギーがあるとは、初めて知りました。

 

シューズはおなじみ、コンバースのジャック・パーセルです。

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なぜメガネ業界に入られたのですか? と聞くと意外な答えが返ってきました。

「私の生家は非常に堅く、父をはじめ親族は皆、金融系や弁護士ばかりだったのです。そこで私も大卒後の就職は銀行を選びました。しかしこれが、まるで向いていなかった。数字ばかりカウントして、『こんなにつまらないことはない』と思いました。そこで昔から好きだったファッションの世界に入りたかったのですが、100%ファッションというのは、家系のせいか抵抗があった。だから、半分ファッション、半分医療というメガネ業界へ入ったのです」

岡田さんが元・銀行員だとは知りませんでした。

 

「それから医療としてのメガネはみっちり勉強しました。しかしファッションのほうは、まるで理解してもらえなかった。海外からアンティーク・フレームを輸入しようとしたら、とんでもないといわれました。当時は、まだまだメガネは、視力矯正具だったのです」

 

満を持してグローブスペックスを開いたのは、38歳の頃。

「“目が悪いからメガネをかけるのではなく、かけたいからかける”というコンセプトの店を作りたかった。しかし他店が1〜2万円のものを揃えるなか、私の店は5〜6万円が中心でした。しかも当時はビルの3階だったということもあり、最初の3ヶ月間はまったくお客さんが来なかった」

 

ところが、一人のライターの尽力によって、ブレークスルーが訪れます。

「ライターの山口淳さんが、メンズ・イーエックスをはじめ、三つの雑誌に見開きの記事を書いてくれた。タイトルは“日本にも本格的なメガネ店登場”というものでした。その記事が世に出て以来、もう爆発的に人が来ました」

(故・山口淳さんは、私も大変にお世話になった方です。素晴らしい目利きでしたが、残念ながら、2013年に急逝なさいました。二人ともしばし彼のことを思い出し、しんみりしました)

 

「はじめの頃は、メガネというものと格闘していましたが、いまでは自分の人生の重要なパートナーとなりました。面白くなってきた仲間ともいえるでしょうか。どんどんメガネが好きになりますね」

ここにもまた、自分の好きなことを生涯の仕事にし、幸せを掴んだ方がいました。

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グローブスペックス代官山店内。同店は、去る2月にミラノで開催された世界最大規模のメガネ展示会MIDOにて、世界一のメガネ店を選出するBESTORE AWARDにて、最優秀賞を受賞しました。日本はおろかアジアでも初の快挙だそうです。

 

グローブスペックス代官山店

〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町14-12A
Tel:03-5459-3645
OPEN 11:00 – CLOSE 20:00
定休日:なし(年始を除く)

http://www.globespecs.co.jp/