From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

日本一お洒落なDJはこの人!
青野賢一さん

Thursday, November 25th, 2021

青野賢一さん

ライター、選曲家、DJ

text kentaro matsuo  photography natsuko okada

 最近では少なくなってきましたが、昔のファッション雑誌には、巻末に必ず音楽や映画、書評などを扱ったコラムのコーナーがあって、雑誌ごとの個性を反映した書き手が、それぞれの腕を振るっていたものです。

私の古巣、MEN’S EXで音楽欄を担当なさっていたのは、初代がピチカート・ファイブの小西康陽さん、2代目がFPMの田中知之さん、そして3代目が今回ご登場頂いた青野賢一さんでした(こうしてみると、クラシコを標榜していた雑誌の割には、なかなかエッジィな人選ですね)

青野さんがつけたコラムのタイトルは『音楽界隈』というもので、これは今聞いても、ちょっといい響きだなと思います。

 

 MEN’S EX時代には、青野さんに、いろいろなところでDJプレイもして頂きました。丸の内・丸ビルでイベントをしたときは、ぜんぜん人が集まらなくて、せっかく青野さんが一生懸命レコードをかけているのに、ほんの数人しか聞いていないということがありました。終わってから青野さんに、人がいなくて申し訳ありませんでしたと謝ると、

「いえいえ、今日は非常にいいプレイが出来ました。私的には満足です」と仰られ、ほっとしたことを覚えています。

 またMEN’S EXが年に1回、お世話になっている業界人やスタッフを招いて開いていたクリスマス・パーティ(こっちは超満員)でも選曲をお願いしており、いつも私の好きなスタイル・カウンシルをかけてくれていました。

 青野さんと私は、どちらも1960年代半ばに生まれ、80年代に青春を過ごし、同じような時代に、同じようなファッションや音楽、カルチャーを経験してきました。ただし青野さんは、それぞれの要素を追求し、極め、複数の分野で一流となられました。ファッションのプロで、選曲家としても人気で、ライターとしても優秀、映画や料理にも詳しい。ここまで多才な方は、業界広しといえども、青野さんだけでしょう。

「自分の気持ちに訴えかけるものを吸収しているだけ。それがアウトプットとして、服の着方になったり、音楽になったり、テキストになったりします。どれも自分の中では繋がりがあるんです」

 

 われわれが若い頃は、高橋幸宏さんや加藤和彦さんなど、ミュージシャンがファッションのお手本でしたが、今ではあまりそういう人はいないですね、と伺うと、

「日本のミュージシャンのジャケット撮影やアーティスト写真に、スタイリストがつくようになったのはいつ頃からだったのかな、とよく考えます。良くも悪くも表現の仕方が変わりましたね。昔はものすごくお洒落なミュージシャンがいましたが、いまはファッションの民度が上がったこともあり、突出している人は少ない印象です。その代わり、YouTubeやTIK TOKなどが、お手本になっているのでしょう」

 

 青野さんもYouTubeをやったらいいのでは、と提案すると、

「ひとりっ子で、“人見知り”だからできません(笑)。それに編集やタイトルの付け方にパターンがあって、目を引くのは大変そう。人気でしか人気が呼べない世界だなぁという感じで、私にとっては新しい発見がなさそうです」

 

 

 

 それよりも今追求しているのは、DJにおける出音(でおと)だそうです。

「DJとしての個性は、選曲やプレイする曲順で決まるものですが、私はそれらに加えて、どういう音で聞かせるか(=出音)というのが大事だと思うのです。私の場合、基本はレコードによるプレイなのですが、カートリッジも持参します。CHUDENという日本のメーカーのものを2種類ずつ持っていて、場所に合わせて使い分けています。比較的安価ですが中高音域の解像度が高く、なかなかいいのです。気に入った音を鳴らすために、可能であればイコライザーなども細かく調製します。私の若い頃は、オーディオがブームで、いろいろなメーカーがシステム・コンポを発売していました。その影響で、今でも“オーディオ的発想”が好きなのでしょうね」

 

 レコードは何枚くらいお持ちなのですか、とお聞きすると苦笑して、

「何枚くらいかなぁ・・数千ではきかないかも。今年の1月、引っ越したのですが、まさにレコード地獄でした(笑)。転居後、レコード部屋の壁に、高さ180センチの特注の棚を取り付けて収納しました。ようやくジャンル別のエリアだけは分けたのですが、もう大変な作業でした」

 やはりここまでのめり込まないと、一流にはなれないようです。

 さて、そんな青野さんの着こなしは・・

 スーツは、SINA SUIEN(シナ スイエン)のビスポーク。刺繍アーティストの有本ゆみ子さんが手がけるファッション・ブランドです。

「一見普通の地味なスーツですが、いろいろなところに、別布が張ってあります。有本さんが自分で作ったスーツを着ていて素敵だなと思ったのと、コロナ以降、プレーンなテーラードを着る機会が減ったから、どうせ着るなら、うんと洒落ているものがいいと思ってオーダーしました。このスーツは、彼女自身が仕立てているのです。もともとウィメンズの服を作っていたのですが、テーラーで勉強してテーラードを作れるようになりました。私が指示したのはパンツのシルエットやラペル幅など全体のバランスだけで、布のチョイスなどはすべておまかせしました。私のイメージで、彼女が選んでくれたのです」

 

 シャツは、コムデギャルソン オム。

「渋谷のパルコのお店で、普通に客として買いました(笑)。ギャルソンのシャツは変わらない、そして縫製がいい。だからとても長持ちします。私は20年くらい前のものも持っています。これは背中に“HOMME”の文字が刺繍されています。これがプリントだったら、絶対に買いませんでした。それに縫糸が太番手で、襟を立てたときのホールド感がちょうどいい。細番手だと、この感じは出ません」

と流石に見ているところが違います。

 

 ニットは、マルニ。

「昨年公開されたトルーマン・カポーティのドキュメンタリー『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』のメインビジュアルで、彼がスーツにボウタイをして、ピンクのローゲージ・ニットをふわりと肩からかけていたんです。それを見て以来真似して、ミドルやローゲージのニットをよく肩がけしています。マフラーをするには、ちょっと暑苦しいときに、肩がけニットは重宝するものです」

 胸につけたバッジは、VIVA Strange Boutique (ビバ ストレンジブティック)。

「奥沢の駅のそばにあるショップで、SHE TALKS SILENCE(シートークスサイレンス)という名義で音楽をやっている山口美波さんという方がオーナーです。1980年代のニューウェーブやポスト・パンクのアーティスト、例えばドゥルッティ・コラムやレインコーツなどのオフィシャル・アイテムを制作・販売しています。驚くべきは、それらはちゃんと正式な許可を取って作っているんですよね。今はSNSやウエブサイトがあるから、そこからコンタクトするらしい。皆やらないだけで、きちんと申し込めば、意外と許可は取れるものなんですね」

 思わず、山口美波さんて、おいくつなんですか? われわれと同世代? と聞いたら、

「まだ、お若い方ですよ」と。

 今度、行ってみようかなぁ。

 シューズは、ジャックパーセル。

「ピルグリム サーフ+サプライにて扱っていたものです。あの店のオーディオ・システムは、オーナーのクリスと相談して、私が揃えたものです。京都店ではマッキントッシュのアンプに、アルテックのスピーカーを合わせたんですが、CHUDENのカートリッジがとてもよく鳴った・・。いや、靴の話ですね。本当は、スニーカーはよくないんですよ。外反母趾には、レザーのほうが馴染むのです」

 青野さんが外反母趾って、ちょっと意外なような・・

「昔、インターナショナルギャラリー ビームスで販売をしているときに、あまりにもぴったりした靴ばかり履いて、一日中立っていたのが原因です。ビームスには1987年にバイトで入って、ギャラリーで9〜10年ほど接客を担当しました。ヴィヴィアン・ウエストウッド、ジャンポール・ゴルチエ、ジョン・ガリアーノ、ニック・コールマン、ジュディ・ブレイムなどを扱っていました。あの店でしか見られないものが、たくさんありましたね」

 まさにキラ星のごときブランドたちですが、インターナショナルギャラリーといえば、その“入りにくさ”で有名でした。1階のビームスとは螺旋階段で繋がっていたのですが、あの階段を登るのは、相当の勇気を必要としたものです。

「確かに独特の威圧感があったのは事実でしょうね。お客さんもプロが多かった。デザイナーが自分で着るものを買いに来るような店でしたから。でも接客するほうは、めちゃくちゃ優しくしていたんですよ(笑)」

 さてそんな青野さんですが、この度34年間務めたビームスをお辞めになり、フリーランスとして活動されることになりました。これからの抱負は? との問いには、

「独立してはみたものの、やっていることはこれまでとあまり変わりません。私は自分からバンバン企画を立てて、売り込むタイプではなく、あくまでも人とのかかわり合いの中から、話を膨らませていくタイプで、それで世界が広がってきました。これからも自分ができることを、やっていきたいです」とのお答え。

 このマイペースな感じは、確かに私と同じ、ひとりっ子ならでは・・。しかし、青野さんが“できること”はとてもたくさんありそうです。これからのご活躍に、期待しています!

 これは青野さんにセレクトして頂いた、<最近おすすめのレコード3枚>です。

左から:『Melodi』by Kit Sebastian(キット・セバスチャン)

「なんだか昔のアーティストのようですよね。でも、現在のロンドンの人たちです。ちょっとひねくれたポップスで、フレンチや中東のエッセンスも感じられます。いい具合の折衷感があるのです。ステレオ・ラブなんかが好きな人には絶対ハマります。ファースト・アルバムがよかったので、セカンドである本作も購入しました。MR.BONGOは信頼できるレーベルです」

『OVERTONES FOR THE OMNIVERSE 』by MOCKY(モッキー)

「もともとカナダでLAに移ったパーカッショニスト、マルチ・インストゥルメンタリストです。チリー・ゴンザレスとか、ファイストとか、カナダ出身のアーティストの一派がいるのですが、その音楽仲間です。どのアルバムもいいですが、これはこの7月に出た一番新しいヤツです。録音はスティービー・ワンダーが70年代に使っていたスタジオでされました。この人はスタジオにこだわる人で、かつてはゲンズブールが使っていたスタジオなどでも録音しています。やはり独特の“響き”があるのでしょう」

『GRAND ESPOIR』by 高橋幸宏

「砂原良徳さんが選曲とリマスタリングを担当した、高橋幸宏さんの80年代前半の曲を集めたアルバムです。この感じ、何かに似ているなと思ったら、昔、ワン・アーティストの好きな曲だけを選んで自作したカセットテープみたい。偏りのある選曲がいいのです。CDとレコードでは、収録されている内容が違っていて、CDでは幸宏さんがプロデュースした他のアーティストの楽曲も収録されています。シーナ&ロケッツやSUSAN、ピンク・レディーまであるんですよ」

 

 高橋幸宏さんは別格として、私は他の2者をあまりよく知らなかったのですが、聞いてみると、とても気に入りました。最近は、アマゾンやスポティファイ、クラウド系の音源を聞き流すばかりで、しっかりとアルバムを聞くということをしてきませんでしたが、改めてレコードっていいものだなと思いました。おすすめの音楽を、との漠然としたリクエストだったのですが、どうやら青野さんがセレクトしてくれたのは、“私・松尾におすすめの”音楽だったようです。

 青野さんには、昔からこういうサービス精神というか、人の意を汲むところがあります。外見はクールですが、内面はとても優しい人なのです。