From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

伊藤哲也さん:これからの「ファッション販売」を考える

Saturday, March 25th, 2023

株式会社LINK+代表取締役

 

 

text kentaro matsuo

photography natsuko okada

 

 

 

 

 これからファッション販売というものはどうなるのでしょうか? Eコマースが進んで、なんでもネットで買えるようになると、やがて実店舗はいらなくなってしまうのでしょうか?

 

 私はそうは思いません。確かにネット・ショッピングは便利だし、私もよく利用しますが、その対極にある、自分が気の合うテーラーやスタイリストとじっくりと話し合い、時間をかけて洋服を選ぶという行為も、より好まれていくと思います。

 

 そういった店は、隠れ家的な存在であることが多いので、あまり目立ちませんが、確実に増えている気がします。先日ご登場頂いた五十嵐裕基さん率いるレクトゥールなどは、その典型でしょう。

 

 

 

 

 さて、今回ご登場頂いた伊藤哲也さんは、知る人ぞ知るスタイリング・サロン「サロン・ド・プリュス」を経営なさっています。場所は渋谷区・神宮前の雑居ビルの三階で、小さいながらも、とびきりお洒落で居心地のいい空間です。

 

「ニットなどを除くと、ほとんどのアイテムがオーダーメイドです。サイズや生地を自由に選んで頂けます。普通のテーラーと違うのは、たくさんのシーズン・サンプルを用意しているところ。ウチではハーフ・シーズンごとにコレクションを作っています。とにかく多くの服に袖を通して頂いて、似合うもののイメージを掴んで頂きたい。そしてお客様の個性を伸ばして差し上げたいのです。ファッションの販売員というよりは、美容師に近い感覚でしょうか?」

 

 

 

 

 天窓からは自然光が降り注ぎ、ラックにかけられた洋服たちを優しく照らしています。なるほど、ここならリラックスして、服を選ぶことができそうだと思えるスペースです。

 

 こういったところでは、マンツーマンの接客が基本ですから、何より店員との相性が問題になるでしょう。その点、伊藤さんなら問題ありません。彼は私の知っている中でも、五指に入る“性格のいい奴”だからです。あの気難しい(?)スタイリストの小川カズが、「この業界における、数少ないかわいい後輩」といっているのだから、たいしたものです。

 

 カズ、伊藤さん、私の男3人で白馬へ1泊旅行に行ってから、その思いは確固たるものとなりました。とにかく人懐っこく、場を和ませ、盛り上げるのが上手。伊藤さんは私よりひとまわり以上も年齢が離れていますが、「もっとこの人と一緒にいたいな」と思わせる何かを持っています。

 

 業界屈指の切れ者で知られるB.R.ONLINEの大和一彦社長が、ひと目で気に入り採用を決めた(伊藤さんは元B.R.SHOP)のもうなずけます。

 

 

 

 

 しかしながら……、最初からこうだったわけではありません。

 

「小さい頃から小心者でした。何をするにしても慎重派だったのです。変わったのは、アメ横の某ショップで働き始めてからです。『とにかく売ってこい、売らないと給料は出せない!』と言われたのです。仕方がないので、当時流行っていたシルバーアクセを手に、通りで歩いている人に声をかけ始めました。最初は嫌で仕方がありませんでしたが、そのうち度胸がついて、いつの間にか稼ぐことが楽しくなってきたのです。私の販売力は、ここで鍛えられました。売るコツですか? 単に『これ、いいでしょ』と言うのはNGです。いかにその商品に価値があり、それを買うと未来がどう変わるのかを、具体的に説明することでしょうか……」

 

 最初は慎重だけれど、いったん出来ると思ったら、とことんアグレッシブになれるところも、幼い頃から変わっていないそうです。

 

 

 

 

 そんな伊藤さんの格好は……

 

 ジャケットは、サロン・ド・プリュスのオリジナル。イタリアの老舗服地メーカー、ピアチェンツァの“アラシャン・ブリーズ”で仕立てたもの。

 

「アラシャン・カシミアはモンゴルの高地で採れる最高級のカシミアのことです。この生地はカシミア、リネン、シルクの混紡で、サマーカシミアとしては、とにかく軽い。シルクならではのツヤもあります。これを副資材一切なしのセンツァ・インツェッロで仕立てました。日本の夏にぴったりのジャケットです」

 

 これは、よさそうですね。私もここ数年の真夏の暑さには辟易としているので、ぜひ1着入手したいと思いました。

 

 

ピアチェンツァ、アラシャン・ブリーズの生地見本帳。夏に相応しい涼し気な色柄が揃っている。組成はカシミア34%×リネン17%×シルク49%、重さ180g/m。

 

 

 

 インナーの半袖ニットは、リブニール。

 

「昨シーズンから扱い始めた日本のブランドです。スーパー120’sのメリノウールを使っていて、表面がサラッとしている。まるでシルクのようなタッチなのです。自宅で洗えるところも魅力です」

 

 チーフは、ムンガイ。サロン・ド・プリュスの別注品。

 

「本体部分はダークグレイ、エッジのレース部分はブラックと、カラーを微妙に変えてあります」

 

 トラウザーズも、サロン・ド・プリュスのオリジナル。

 

「ツータックで股上が深い、アメリカン・チノです。カチョッポリ(ナポリのマーチャント)の生地を使っています」

 

 ベルトは、イタリアのファットリオ・デル・クオーイオ。ここのベルトは私も愛用しています。

 

「グレイのスエード、これもカラー別注しています」

 

 

 

 

 時計は、ロレックスのサブマリーナ。

 

「2011年、新品で、定価で買いました。当時は定価で買えたんですよね。同時に買った結婚指輪はブシュロンです」

 

 

 

 

 シューズは、エドワード・グリーン。定番のローファー“デューク”の別注品です。

 

「スモークグレイというカラーで、ラバーソール仕様となっています。3色展開していますが、すべて底はラバーです」

 

 ラバーソールいいですね。冗談抜きで、最近足もとがおぼつかなくなってきており、レザーソールだとよく滑るのです。年寄りにはラバーソールが有り難い。

 

 

サロン・ド・プリュス別注のエドワード・グリーン“デューク”。ブラック・カーフ、スモークグレイ・スエード、ダークブラウン・スエードの3色展開。すべてラバーソール仕様。

 

 

 

 伊藤さんの着こなしには、昔から際立った個性があります。それは微妙なトーンのカラーをうまくコーディネイトするということ。

 

「もともとグレージュが大好きで、ニュアンス・カラーを身につけることが多かったのですが、ここ数年はモノトーンに回帰しています。今日の格好はグレイの持つ懐の深さを引き出すことがテーマで、青みがかったグレイを中心にミニマルにまとめてみました」

 

 伊藤さんの持つ繊細な色彩感覚には、いつも驚かされます。

 

「強い色は、ほとんど使いません。あ、その点は小川カズさんと正反対ですね(笑)」と仰っていましたが、ふたりともその嗜好は違うものの、色に対しての鋭いセンスは共通しています。

 

 もうひとつ共通しているのは、食に対するこだわり。

 

「コロナで洋服を着る機会が減ってしまったので、服を着ていく理由を作ろうと思い、お客様を集めて食事会を開催しています。今まで、レフェルヴェソンス、スガラボ、unis(ユニ)、紀茂登などで行ってきました。いずれもお店は貸し切りです。これからは茶禅華、CHIUnE(チウネ)、aca(アカ)等で企画していく予定です」

 

 うーむ、いずれ劣らぬ超一流店ばかりですね。どうして、服を売るだけではなく、わざわざ食事会まで催しているのですか? との問いには、

 

「服を売るだけではなく、生き方を売っていきたいのです。食においても、自分が口にして感動したものを、お客様にも体験して頂きたい。ファッションだけでなく、ライフスタイル全般にこだわりたいのです。そういう考え方は、小川カズさんや、大和一彦さんに影響されたものです」

 

 あくまでも先輩や上司の顔を立てる伊藤さんの姿勢は、本当に好感が持てます。

 

 洋服屋さんでわざわざ高いお金を払って、嫌な気分にはなりたくないですよね。センス云々の前に、まず人として気持ちのいい接客を受けたい、そう思われるなら、サロン・ド・プリュスに予約を入れるべきでしょう。もちろんセンスも抜群です!