From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

アートとビジネスの交差点に佇む 大野陣さん

Sunday, December 10th, 2023

crack Inc.CEO

 

text kentaro matsuo

photography tatsuya ozawa

thanks to afrode clinic

 

 

 

 

 就職とアート? このまったく関係なさそうなふたつのものを組み合わせて、ブランディング業界で評判を呼んでいるのが、本日ご登場の大野陣さんです。

 

 世の中は人手不足ですよねぇ。ファミレスや居酒屋に行っても、店員がおらず、テーブルの半分も回っていません。注文はタブレット、配膳はロボットが当たり前です。

 

 中でも「人気業界」とは言いづらい製造業や運送業などでは、事態はさらに深刻で、募集をしてもまったく人が集まりません。しかし、大野さん率いるcrack.Incの手にかかると、あ〜ら、不思議。数多くの若い人が応募をしてくるそうです。さっそくその秘密を伺ってみることにしましょう。

 

 

 

 

「企業理念をアートにする、というところから、われわれのプロジェクトは始まります」

 

 それって、どういうことですか?

 

「ある運送会社の例をご説明しましょう。その会社の理念(活動理念)は『ワクワクは自分を探そう』というものでした。とてもいいスローガンだと思いますが、いくら言葉で言われても、今の若い人はなかなか耳を貸しません。そこでわれわれまず、企業理念を1枚の絵にしました。国内と世界中のアーティストさん、つまり芸術家さんから、企業に合いそうな方をキャスティングするんです。本件ではIC4 Designというアーティストに頼んで、オリジナルの絵画を描いてもらったのです。このケースでは、昔流行った『ウォーリーをさがせ!』という絵本をモチーフとしました。絵の中に登場しているのは、実際に働いている80名近くの社員の方々です。自分が描かれているとなれば、気になってその絵をよく見るでしょう。それはまさに『ワクワクしながら何かを探している状態』と言えますよね。こうして企業理念が、社内に浸透していくキッカケをつくるのです」

 

 こちらが、その作品です。

 

 

 

 

「それから、その絵をいろいろなところへ展開していくのがわれわれのやり方です。企業理念のアートイメージを企業のあらゆるプロモーションアイテムに反映させるんです。ウエブページ、封筒、クリアファイル、名刺……。オリジナルのパーカやスマホケースも作ります。さらにはアニメーションにして、YouTubeにアップしました。そして実際に学生が来たときに、そうしたものを見せると、必ず『これ、何ですか?』と興味を持ってもらえるのです。アートは人の心をとらえる力を持っています」

 

「かつてアップルのCEOだったスティーブ・ジョブスは、iphoneのスペックについては多くを語らなかった。それよりまず、『これは手のひらに乗る夢なのです』と切り出した。人々に『何だ?』と思わせれば、興味を持たせることができれば、勝ちなのです。」

 

 この取り組みも相待って、運送会社の求人に対する応募件数は昨対比で8倍に伸びたそうです。

 

 

 

 

 アーティストと企業が変わると、生み出されるものも表情が大きく変わります。

 

 

 

 

「これだけ情報が簡単に手に入る時代ですから、何かを説き伏せる時代は終わったと感じています。説得よりも体感させることが重要だと。例えば洒落たイタリアン・レストランだと、絵を飾って、音楽を流して、服やインテリアに凝るではないですか。お客さんに良い気分になってもらいたいからです。BtoCの世界では当たり前の考え方です。しかし、人材採用の現場には、こういった視点があまりにも少ない。本当は企業も同じようなことに力を入れるべきなのです」

 

 

 

 

 大野さんは「就活の文化を変えたい」と仰います。そのための仮想美術館を計画中です。「メタバースの世界に、就活の美術館を作ろうと思っています。そこにはたくさんの企業の理念を表現した絵画が飾ってあります。来場者はいろいろな絵を見て回って、ピンときた1枚をクリックすると、その会社の採用ホームページに飛ぶという仕掛けです。われわれは企業理念をアートや音楽にしていますが、グローバル企業様には特にその観点をお伝えしていきたい。理念を社内に普及させるなら、多言語対応だけじゃなく、非言語対応が大切です、と。アートや音楽って簡単に国境を越えるじゃないですか」

 

 そのために世界中の100人以上のアーティストと、常にコンタクトを取っているといいます。

 

 

 

 

 そんな大野さんの着こなしも、実にアーティスティックです。ブラック・グリーンのコーデュロイ・ベルベット製ダブル・ジャケットとインナーのニット(ノミアモ)は、サロンドプリュス。以前このブログにご登場頂いた伊藤哲也さんが主宰している、神宮前のオーダーサロンです。

 

「とあるセミナーで出会った人が素敵な服を着ていたので、『どこのですか?』と聞いたら、サロンドプリュスの名前を教えてくれました。その足でさっそく伺ったんです。伊藤さんの『服変態』ぶりには頭が下がります。細かいところまで、突き詰めて考えている。薦められたものは、大体買ってしまいますね」

 

 コーディネイトのキーポイントとなっているパンツは、SISE(シセ)、メガネはアイヴァン、リングはホーセンブースとフェンディ、チェーンはH&Mです。

 

 

 

 

 時計は、ロレックス。「私の生まれ年と同じ、1986年製です。同い年なのが気に入って、中野のアンティーク時計店で入手しました。ダイヤ入りですが、デイトジャストのアンティークはそこまで人気が高くないせいか、60万円程度で買えました。文字盤にROLEXのロゴが並んでいる、アンティークらしい、今のモデルにはない、ちょっと変わった表情です」

 

 ロレックスは、価格が高騰してしまったスポーツ系より、こんな1本を狙うのが手かもしれません。

 

 

 

 

 ブーツは、ドクターマーチン。

 

 本日のコーディネイトのテーマは、「少年性」です。

 

「クラシックはカッコいいけれど、今日はちょっと外したいと思いました。ある種の『無邪気さ』を表現したかった。SISEのパンツが、その象徴のつもりです。とはいえ、私も齢40に近いので、無邪気さもほどほどにしておかないと?(笑)」

 

 伊藤さんとは、予約の取れないレストランへお洒落をして出かけているそうです。「SUGALABO(スガラボ)、acá(アカ)、CHIUnE(チウネ)といったレストランは、1〜2年待ちです。そういったところでは、ドレスアップをして食事を楽しみたい」

 

 華やかなアントレプレナーの典型のような大野さんですが、昔はサラリーマンでした。大学を卒業して、外資系の製薬会社に8年間勤めていたのです。

 

「自分自身の就活の軸は、とにかくお金を稼ぎたかったので、業種はバラバラ、有名な企業ばかり選んでいましたね。最終的にはノバルティスという、スイスの世界最大級の製薬会社に就職しました。配属はいきなり、東京から福岡県に赴任を命じられました。医師相手の営業職です。福岡事業所の担当エリアでは、とにかくいろいろなことを経験しました。都市部のみならず、壱岐や対馬などの島しょ部も受け持たされていたので、本数もそう多くないフェリーに乗って、まるでDr.コトーのような診療所を訪ねました。携帯の電波が入らないので、連絡が取れず、3時間かけて行ったのに、ドクターを2時間待ったこともありました」

 

 営業成績は散々で、6期連続で目標未達だったそうです。ところが社内では、異例のスピードで出世をしていきました。

 

「医師たちとは薬の話はせず、食事や時計、ファッションの話ばかりをしていました。先輩には、お前は薬屋なんだから、もっと薬を売れよ』といつもボヤかれました。しかし、外資系の会社では、営業成績は評価の半分、もう半分は活動方針や考え方、チームへの影響度になるのです。クリエイティブやイノベーティブといった思考分野の評価では、全社で常にトップクラスでした。チームの戦略を立てて、指示を出すことが得意。しかし自分ではやらない(笑)。まるで作詞・作曲はするけれど、歌わない歌手のようなものです。当時の上司や先輩達からすると、面倒なヤツだと感じたと思います。ほんと、すみませんでした……」

 

 起業のきっかけはSNSでした。

 

「同僚からツィッターを教えてもらって、自分でもやってみようと思ったのです。出世する人の考え方といったテーマで、スキルではなく、その思想を、ちょっと変わったスタイルでつぶやきました。出世論や人生観をポエムチックに話していたんです。そうしたら、これがバズった。3ヶ月ほどでフォロワーは7千人程になり、ひとつの投稿で数百は当たり前、千個以上の『いいね』が付くことも。リアルでセミナーをやったら、6千円位のチケットが60枚も売れました。これで調子に乗ってしまった」

 

 起業なんて簡単だ、と勘違いしてしまったそうです。

 

「会社を辞めて東京に戻り、事業も顧客も無いのに、いきなりタワーマンションに住み始めました。昔読んだ漫画に、『成功するためには、成功者が住んでいるところに住むべきだ』などと書いてあったからです。もちろんすぐに家賃が払えなくなり、半年後に引っ越しました(笑)」

 

 ここから人生で初めて本気を出して、がむしゃらに働くようになりました。しかしながら、大野さんは更なる不運に見舞われます。

 

「顧問として信頼していた人物が実は詐欺師で、会社のお金を奪われてしまったのです。私自身がお金に無頓着だったのがいけませんでした。ある日気づいたら、約2千万円がなくなっていた……」

 

「詐欺師の手口はこうです。まず相手の大切なものを否定することころからはじめる。

『ジンくん(大野さんのこと)って、仕事できないよね』と来る。

仕事には少々プライド持っていた私がびっくりして『えっ』と聞き返すと、『じゃあ、ジンくんにとって、仕事って何?』とたたみかける。

私が戸惑っていると、『即答できないんだ。それは君が仕事について、考えていない証拠じゃないか!』と一喝される。

これで相手を特別な存在だと認識してしまったのです。興味を持たせるのが、問題提起をするのが非常に上手な方でした。ある意味アートのような(笑) それから親身になって相談に乗ってもらうことも非常に増えて……。過ごした時間の全部が嘘ではないですし、楽しかったんですけど、お金は結構使われちゃいましたね」

 

 

「その頃の私は、朝から晩まで死ぬほど働いて、毎日キャベツを食べているような生活でした。そうしたら、その人が『大変そうだな。たまには俺がキャバクラ連れて行ってやるよ』と言って、奢ってくれたのです。嬉しかった。しかし今考えると、それは全部、私の会社のお金だったのです」

 

 まさか、そんな苦労をされていたとは驚きました。しかし、もっと仰天したのは、この話の続きです。私が、もちろん怒り狂いましたよね?と聞くと……。

 

「まったく腹は立ちませんでした。むしろ嬉しかったくらい。なぜなら、ソフトバンクの孫さんをはじめとし、成功者は必ず人に騙され、辛酸を舐めているものだからです。私も一人前になるために、そういう経験をしてみたかった。しかし成功は狙えるけれど、失敗って狙えないですよね。だから、そんな体験をさせてくれたことに、むしろ感謝しているんです。いいエピソードを仕入れることができました(笑)」

 

 えええ! マジですか? その人は今どうしているんですか?

 

「実は、お金を奪われてからも、一緒に月に一度は呑んでいました。『なんで盗ったんですか?』と尋ねたことはあります。そうしたら『ジンくん、お金使うのが下手だから、俺が代わりに使ってあげようと思って……』などと言ってました(笑)。実は彼には、社員になって欲しいと誘ったことすらあるのです。万引きした中学生を更生させるのと一緒です。ウソがうまいということは、クリエイティブの才能があるということです。極言すれば、クリエイティブとは『今はないモノを妄想して形にしていくこと』ですから、ある意味ウソをつくことなのです。悪意があれば詐欺ですが、誠意を持って事に当たれば、立派なビジネスとなります。その才能を、きちんとした形で生かしてほしいと思ったのです。そう彼に伝えたら、『ジンくん、頭おかしいよ……』と苦笑されましたが」

 

 う〜む、これには感服しました。私なら、2千万円盗られたら、2千発ブン殴るところです。

 

「ポジティブな未来を作り上げることができれば、嫌なこともいい思い出になると思うのです」

 

 こう言ってのける大野さんは、アートとビジネスの交差点に佇む、まるで仏様のような人でした。

 

 

 

 

 ちなみに……、この撮影が行われたのは、表参道の「アフロードクリニック」というところです。まるでアート・ギャラリーのようですが、ここはれっきとした病院なのです。病院と聞くと、ネガティブな感情を持つ方も多いと思いますが、ここではアート鑑賞を楽しみながら、さまざまな施術を受けることができます。セレブの顧客も多いとか。大野さんを撮影する場所として、こんなに相応しいところはないと思った次第です。