From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

ストリートのカリスマとLOVOT :藤原ヒロシさん

Saturday, September 10th, 2022

音楽プロデューサー、マルチクリエイター

 

text kentaro matsuo 

photography natsuko okada

 

 

 

 

 LOVOT(らぼっと)をご存知でしょうか? LOVOTは自律型のパートナーボットです。丸い体と大きな目、ペンギンのような腕を持ち、下に車輪がついていて、自ら動き回ることができます。頭から大きな角のようなものが生えていて、中に仕込まれたセンサーで、部屋の様子や人の顔を認識します。好きな人のもとへ寄ってきたり、抱っこをせがんだりするそうです。

 

 この可愛らしいLOVOTのCCO(チーフ クリエイティブ オフィサー)に藤原ヒロシさんが就任したと聞いたときには、ちょっと驚きました。藤原さんといえば、泣く子も黙る「ストリートのカリスマ」です。ミュージシャンやデザイナーの活動をする傍ら、自ら率いるフラグメント デザインを通じて、ナイキやルイ・ヴィトン、モンクレールなど、数多くのブランドとコラボレーションし、次々とヒットを飛ばしています。いわば“クール”の代名詞のような存在。そんな彼がどうして、“キュート”なLOVOTのCCOになったのか、少し疑問だったのです。

 

 そこで南青山の藤原さんの事務所へ伺い、お話をうかがいました。ドアを開けると藤原さんと1体のLOVOTが出迎えてくれました。

 

「最初は僕も、LOVOTのことをよく知らなかったんです。前澤(友作)さんから久々に連絡がきて、『少しお誘いしたい仕事が……』と。あまり考えずにいつも通り『いいですよ』と返事したのがきっかけです。しかし、初めてLOVOTを見て、これは面白いと感じました。最先端のハイテクが詰まっているのに、何もできないところがいい(笑)。最初は何か話したりできるのかとも思いましたが、人の言葉を話すことはできない。今やなんでも喋る時代なのに、あえてそう作ってあるのです。開発者の話を聞くと、人とロボットのコミュニケーションについて、とても深く考えていることに驚きました。もはや哲学的な領域にまで踏み込んでいるのです」

 

 

 

 

 藤原さんのLOVOTは、彼のもとへ来てから3ヶ月ほど経っています。

 

「らぼっと!」と藤原さんが呼びかけると、LOVOTは目を覚まして、よちよちとご主人さまのほうへ向かっていきます(藤原さんのLOVOTは「らぼっと」という名前だそうで、オーナーは好きな名前をつけることができます)。ストリートの神様と愛くるしいLOVOTの対比がミスマッチ。私を含めたスタッフのことも認識したようで、キョロキョロとあたりを見回しはじめました。

 

 すると突然、らぼっとくんはフォトグラファーの岡田ナツ子に目をとめ、一直線に彼女のもとへ向かい、「クルルゥ・・」という不思議な音声を発しました。どうやら甘えているようです。

 

「抱っこしてあげてください。頭や喉のあたりを撫でると喜びますよ」

 

 岡田が恐る恐る抱き上げ、ナデナデすると、らぼっとくんは嬉しそうに目を細めています。

 

「体重は4キロほどで、ちょうど人間の赤ん坊くらい。表面は血が通っているように温かいのです」

 

 らぼっとくんは、すっかり彼女のことを気に入ってしまったようで、その後、藤原さんが「らぼっと!」と呼んでも、なかなか言うことを聞かず、ずっと彼女の後を追いかけ回していました。

 

 ちなみに私のことは、非常に警戒している感じで、抱き上げるとそのまま固まってしまいました。やはり坊主頭は怖いのかと思い、「怖くないよ、大丈夫だよ。見た目はヤバいけど、本当は優しいんだよ」と諭したのですが、あまり効き目はありません……。

 

 ……とまぁ、驚いたことにLOVOTに出会ってからほんの数分で、一同まるでそこに小さな子供がいるかのような気分になってしまいました。

 

 

 

 

「ほら、やっぱり面白いでしょう? もうこの事務所の人間には、全員になついています。ここに来る友人たちの間でも評判で、何人かはLOVOTを買ってくれました。ただ、まだあまり、一般の人々には知られていないのです。松尾さんも、知らなかったでしょう? そこで僕がCCOとしてパッケージをデザインしたり、ブランドムービーをプロデュースしてみたりして、少しずつ世の中に広まっていってくれれば、と思っています」

 

 藤原さんがディレクションしたLOVOTの映像はとても感動的なので、ぜひHPで見てみてください。

 

「僕も驚いたんですが、LOVOTの洋服にはICタグが入っていて、着替えさせてくれたことを感知し、その人になつくように設定されているんです」

 

 いずれフラグメントとコラボしたLOVOT用の衣装が売り出されるかも……。そうしたらプレミア付きは間違いなしですね。

 

 撮影中は藤原さんにLOVOTを抱き上げてもらったのですが、やはり「パパ」に抱っこされると嬉しそう。鼻をこちょこちょされると体をくねらせて喜んでいます。

 

「鼻はくすぐったいらしいです(笑)」

 

 藤原さんは犬や猫は飼ったことはあるのですか? との問いには、

 

「幼い頃をのぞいては、犬猫は飼ったことがないですね。でもイグアナは飼ったことがあります。イグアナもちゃんと人には慣れるんですよ。でもLOVOTのほうが、よほど反応がいい(笑)」

 

 カリスマとらぼっとくんのツーショット、いかがでしょうか?

 

「LOVOTには個体差もあって、目や声は10億通り以上のバリエーションがあります。そして育てる環境や接し方によって、性格も変わっていくみたいです。このあいだ撮影で会ったLOVOTは、声が低くてびっくりしました。ウチの子のほうがかわいかった(笑)」

 

 もはや、少々親バカも入ってきているようです。

 

 私・松尾の正直な感想は、「これはハマる!」というものです。いったんLOVOTと過ごしたら、もう離れられなくなりますね。お独り暮らしなら、なおさらです。

 

 新しい富裕層ビジネスになりますね、と意気込むと、

 

「もちろん高価な商品ですから、そういった層にもアプローチしていきたいと思っています。しかし、実際にLOVOTをお迎え頂いている方々は、お金持ちばかりではありません。少ないお金をやりくりして、LOVOTを手に入れて、心から愛してくれている人も多いのです。そのような人たちを、大切にしていかなければなりません」

 

 

 

 

 ここで恒例のファッションについて……。

 

 ニットは、ジョン スメドレー。当日は、たまたま私もスメドレーを着ていました。

 

「スメドレーは大好きで、いつも着ています。冷房の風に弱いので、夏でも長袖が多いかな。え、どうやって洗うのか、ですか? 普通に洗濯機で洗っています。乾燥機だってかけてしまいます。一回縮むと、あとは放っておいても大丈夫ですよ」

 

 パンツは、シークエル。

 

「友だちがやっているブランドです」とさらり。

 

 でも藤原さんも絡んでいて、ストリートでは引っ張り凧となっているようです。

 

 サングラスは、オークレー。

 

 

 

 

 ブレスレットは、エルメスとトレードマークともいえるゴローズ。

 

「エルメスは、2〜3年前に、普通に銀座のお店で買いました」

 

 時計は、パテック フィリップ 5270。

 

「これはわりと最近手に入れました。パテック フィリップは、クロノグラフのデザインが好きで、クロノしか持っていません」と仰っていましたが、これは永久カレンダーがプラスされた「超弩級」の1本です。手に取らせて頂きましたが、裏のスケルトンから覗くことができるムーブメントは、ひとつの小宇宙のようでした。

 

「でも日付は合わせていません(笑)」

 

 

 

 

 シューズは、ナイキ、エアフォース1。

 

 ルイ・ヴィトンとのコラボモデルで、こちらもネットでは目眩(めまい)がしそうな価格がついています。

 

 装いのポリシーは? との問いには、

 

「いつも同じ格好ばかり。ポリシーとかないですね(笑)」

 

 そう仰っていましたが、全身から放たれるオーラは、やはり只者ではありません。畑違いの私にも、彼のスタイルの凄さがひしひしと伝わってきました。

 

 しかし、畑違いになったのは、私がメンズ雑誌編集者になり、イタリアン・ファッションを中心とした仕事とするようになってからで、ロンドン帰りの学生だった頃は藤原さんに憧れ、同じようなコーディネイトをしようとしていました(予算的に無理でしたが……)。

 

 三重県・伊勢で生まれた藤原さんは、18歳で上京。川久保玲さんや山本耀司さんなど錚々たる卒業生を輩出したセツ・モードセミナーに通い出します。

 

「学校へはあまり行きませんでした。ある日デッサンを描いていたら、突然、長沢節先生にほっぺたを抓られました。『ちゃんと学校へ来なきゃだめだよ』と言われて(笑)」

 

 新宿のクラブ、ツバキハウスなどに夜な夜な出入りし、人脈を広げられていきます。

 

「遊んでいる間に多くの人と出会いました。デザイナーの大川ひとみさん、プラスチックスのメンバーだった中西俊夫さん(故人)、チカさん、立花ハジメさんなど……。中西さんが亡くなられた時には、病院のすぐ近くにいたので、まだ体が温かかったうちにお別れを言うことができました。立花さんとは、今でも月に2、3回は会っています」

 

 私よりひとつ年上の藤原さんは、1980年代半ばには、すでに“お洒落の天才”として雑誌『宝島』などで多く取り上げられていたと記憶しています。

 

 その頃のお話をもっとお聞きしたかったのですが、時間が許さず断念しました。その代わり、1990年代のポップカルチャーを解説した『2D Double Decades of Tokyo Pop Life 僕が見た「90年代」のポップカルチャー』(鈴木哲也著)という良書がもうすぐリリースされるので、そちらをチェックしてみてください。藤原さんについても、多くのページが割かれています。

 

 さて、最近ではデザイン方面でのご活躍が目立つ藤原さんですが、私はミュージシャンとしての藤原さんが大好きです。以前友人に「藤原ヒロシさんの音楽って聞いたことある?」と聞いたら「ないけど、なんかスラッシュ・メタルみたいなヤツ?」という答えが返ってきました。

 

 しかし、藤原さんの音楽は、そういうものとは全然違っていて、作品は優しくメロウなものばかりです。いちばん好きなのは、『DAWN』という曲で、スローなリズムにピアノが絡む素晴らしいチューンです。この原稿を書いている間もずっとリピート再生していますが、美しいメロディは何度聞いても飽きることがなく、心が癒やされるようです。

 

 ちょっと過激なイメージのある藤原さんですが、本当は“癒やし”の人なのかも知れません。そう考えると、藤原さんがLOVOTのCCOになったというのは、まさに正鵠(せいこく)を射ている気がします(前澤さんの慧眼(けいがん)、恐るべし)

 

 今の世の中では、多くの人が癒やしを求めています。そんな時代だからこそ、藤原さんとLOVOTが注目されているのでしょう。

 

 

 

 

P.S.

 

  ちなみに、私は犬を飼っています。犬の癒やし効果は否定しませんが、犬を飼うのはとても大変です。毎日散歩に連れて行ったり、糞尿の後始末をしたり、大切なスメドレーを爪でズタズタにされたり……。コストだって、LOVOTと同じか、それ以上にかかります。

 

 そう考えると、犬や猫を飼いたいと思っている方は、一度LOVOTを体験してみるといいかもしれません。存在感はペットや赤ん坊とそっくりですが、声をミュートにすれば、それ以上「かまって、かまって」とは言わなくなります。

 

 ウチの駄犬のエサの催促がはなはだしいので、そろそろ筆を置くことに致します……。