From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

百貨店イズムをIT商社へ
中村守孝さん

Tuesday, October 25th, 2022

菱洋エレクトロ代表取締役

 

 

text kentaro matsuo

photography tatsuya ozawa

 

 

 

 

 

 菱洋(りょうよう)エレクトロという会社をご存知でしょうか? 東証プライムに上場し、グループ社員700名超の大会社ですが、一般的には知らない方が多いかもしれません。実は私も存じ上げなかったので、取材の前にHPを拝見することにしました。するとICT、IoT、AIなどの略語が並んでおり、テクノロジー音痴な私はますます混乱するばかり・・。難しい技術の話が続いたらどうしようと心配しつつ、恐る恐る取材へ出かけたわけです。

 

「私はずっと伊勢丹(現三越伊勢丹)で働いていました。事務方でしたが、催事のときにはお客様のお相手もしていましたよ。接客は楽しかったですね。ファッションも大好きで、仕事が終わるとそのままメンズ館へ直行して、自らの買い物ばかりしていました(笑)。家内も元・伊勢丹で、長くメンズシューズのバイヤーをしていました」

 

 ああ、そうだったのですね! 伊勢丹なら、よく存じ上げています。小さい頃から、大好きだったデパートですから・・

 

 

 

 

 今回ご登場の菱洋エレクトロ社長、中村守孝さんは、デパートからIT商社社長という異例の経歴の持ち主です。菱洋エレクトロは、三菱電機やインテル、マイクロソフト、エヌビディアなどから製品を仕入れ、家電メーカーや医療機関などに販売をしている会社です。海外の子会社も多く、アジアを中心に世界中に幅広いネットワークを持っています。

 

「5年前、ある方に『菱洋エレクトロって知っているか?』と聞かれて、『知りません』と答えました(笑)。しかし結局、顧問としてお誘いを受け、2018年4月に社長に就任したのです。その直前は三越伊勢丹ホールディングスでIT担当の常務でしたが、それまでは買う側、今度はお買い上げ頂く側です。ほぼ完全に畑違いの転職でした」

 

 当時の菱洋エレクトロは赤字寸前で、疲弊していたといいます。

 

「それまでこの会社は内部論理に染まっていた。伝統に胡座をかいて、ゆでガエルのような状態になっていたのです。ここで、伊勢丹イズムが役に立ちました。それは、顧客第一主義ということです。当たり前ですが、いちばん大切なのは、お金を払って頂けるお客様なのです。最初は私の言っていることがわからず、社員は皆ポカーンとしていました。そこでドラスティックに方針を変え、厳しく接すると同時に、待遇を改善して、現場に自由を与えました。そして業績アップに繋げることができたのです」

 

 なるほど、今は社内全体が活気に満ち溢れているようです。今回撮影をさせて頂いたエントランスも、すごくお洒落な雰囲気です。

 

「かつては地味すぎる会社だった(笑)。そこで社内のインテリアやディスプレイを変え、広報部も設置しました。Tリーグ(卓球)や東京羽田ヴィッキーズなどバスケットボールのスポンサーにもなっています。もちろん本業と直接の関係はありませんが、世の中にいいイメージを与えることは大切なのです」

 

 

 

 

 伊勢丹イズム、いい言葉ですね。さて、そんな辣腕社長のスタイルは・・

 

 スーツは、レクトゥール。先日このコーナーに出て頂いた五十嵐裕基さんの手掛けるオーダーメイドです。

 

「フォックス ブラザーズのフランネル生地です。厚手でちょっとイエローがかったこの色がいい。レクトゥールでは、もう15着以上作りました。五十嵐さんは、彼がビームスで働いている頃から知っています。好青年で、コーディネイトのセンスが際立っていい。黙って独立してしまったから、わざわざ探してメールを送ったほどです。年は若いが、私が心から尊敬している人物のひとりです」

(実はこの時、隣にスタイリングの担当として五十嵐さんがいたのですが、もう本当に嬉しそうな顔をしていました)

 

 

 

 

 タイは、アット・ヴァンヌッチ。加賀健二さんのブランドです。

 

「加賀さんのモノづくりへの心意気に共感しています。ここのホーランド&シェリーの生地を使ったセッテピエゲのウールタイにハマっています。締めたときのドレープ感とフワリとしたボリューム感がなんともいえない。デリケートだけど意外と丈夫なところもいい。同じような色ばかり、ですって? 同じネイビーといってもいろいろあって、コーディネイトによって使い分けているのです」

 

 もはや、セレクトがプロフェッショナルですね。

 

 シャツは、ブリッラ ペル イル グスト。ビームスもお気に入りのショップです。

 

「昔はよく安武さんに接客してもらったな(笑)」

 

 

 

 

 時計は、オメガ シーマスター ダイバー300M 007エディション。軽量なチタン製。

 

「ダニエル・クレイグ自身の意見を取り入れて作られたとされる1本です」

 

 マリッジリングは、ダミアーニ。

 

 

 

 

 シューズは、ガジアーノ&ガーリング。靴のプロだった奥様からプレゼントしてもらった一足だそう。

 

「今日のために家内が磨いてくれたのです。鏡面仕上げは難しいらしいですね。ええ、私の靴はいつも家内が磨いてくれるのですよ」

 

 ああ、ウチでは世界が滅んでも、そんなことは起きません。

 

「彼女のおかげでエドワード・グリーンのヒラリー・フリーマン氏、ステファノ・ベーメルのトマゾ・メラーニ氏、ロベルト・ウゴリーニ氏など、多くの靴関係者に会うことができました」

 

 インタビュー中は他にも、そうそうたる業界の重鎮の名前を、次々と挙げられていました。この方は、どう見てもIT商社というよりは、ファッション系百貨店の社長といった感じです。

 

 

 

 

 そんな中村さんは、東京都・武蔵野市生まれ。桐朋中学〜高校から慶應義塾大学へ進まれました。

 

「桐朋では附属小学校から上がってくる奴が皆お洒落でした。中学生の頃、アイビーに出会います。石津謙介氏が昭和40年に書いた『いつ、どこで、なにを着る?』という本に夢中になり、初めてTPOという言葉を知りました。TPOとは石津さんが作った言葉なのですね。写真集『TAKE IVY』とエスクァイアの『メンズ ファッション ガイド』を加えた3冊が当時の私のバイブルでした」

 

 やっぱり・・、本当にお洒落な人は、必ずトラッドを通過・熟知されているものですよね。

 

 

 

 

「それから映画も参考にしました。当時はビデオすらなかったから、飯田橋や池袋の名画座へ見に行ったものでした。今日は私の思うお洒落な映画ベスト10を選んできたのです。条件は、映画として面白いこと、影のある主人公がいること、ヒロインが魅力的なこと、そしてもちろんファッションやライフスタイルがカッコいいことです」

 

 映画にもお詳しいとは・・もう、THE RAKEの顧問もお願いしたいくらいです。私もまだ見ていないものがあるので、近々チェックしてみよう。

 

「本気で映画関係の仕事に就きたいと思い、日活の撮影所に出入りをしていたこともあります。結婚前の三浦友和さんと山口百恵さんを見かけたことがありますよ(笑)。しかし、映画関係者と話してみると、彼らはあまりにインテリだった。哲学や美学に精通しているばかりでなく、体力的にも驚くほどタフなのです。コレは私には無理だと思いました」

 

 そして前述のごとく、伊勢丹へ入社されたというわけです。

 

 ところで、中村さんにはファッションと並んで、もうひとつの趣味があります。それは音楽です。

 

「父親はエレキギターを弾き、母親は音楽大学を出ていました。ですから音楽に囲まれて育ちました。ピアノにも自然と慣れ親しんでしまった。実は銀座6丁目に、プロの音楽家たちが集まって、音楽を聞かせる店があるのです。私のストレス解消はその店でピアノを弾くことです。演歌から、サザン、ビリー・ジョエルまで、いろいろと弾きますよ。あ、そうだ、コレを差し上げましょう・・」

 

 そういっていたずらっぽく笑うと、もうひとつの名刺を渡されました。そこにはなんと、

 

「某店:専属ピアニスト」の肩書が・・

 

「はははっ、これは店主の冗談なのですよ」と苦笑されていましたが、相当な腕前なのは確かなようです。

 

 「自分には、いつまで経っても子供のようなところがある」とおっしゃる中村さんは、ファッションと音楽のセンスに溢れた、素晴らしい経営者です。

 

 


愛用する小物類もセンス抜群。左から:ジャック・マリー・マージュのメガネ、トム・フォードのサングラス、ペルソールのサングラス、卒業記念のカレッジリング、ティファニーのライターと愛車のキーホルダー(ちなみに愛車はメルセデスSL、しかし運転は専ら奥様とか)。

 

愛用の鞄はエルメスのサック ア デペッシュ。素晴らしい質感のグレインレザーを使用。

 

フィレンツエのピーノさんという職人の工房にてオーダーしたイニシャル入りのペンケースとカードケース。こんなところにも趣味のよさがあらわれています。