March 2015

RALPH LAUREN
THE AMERICAN DESIGNER

偉大なる、アメリカンヒーロー
―ラルフ・ローレンのすべて―

by wei koh
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ラルフ・ローレンと当時のファーストレディ、ヒラリー・クリントン。ファッション・ターゲット・ブレスト・キャンサーのスタートを記念して、1994年に開かれたパーティにて。

自ら体験した、がんへの恐怖 ラルフ・ローレンが、無償の援助にこだわるのは、彼自身が経験した病魔との闘いがきっかけだった。そしてローレン自身が、かつて抱いたがんへの恐怖については、ほとんど書かれたことがない。

「40代になり、大人になったはずの私も、その違和感に気づいたときは、大きく動揺しました。ある朝起きたら、耳鳴りが聞こえていたんです。そこで妻のリッキーに『耳鳴りがしていて、いつまでも消えないんだよ』と言いました」

 ローレンは、医師の診察を受け、CTスキャンを受けた。

「スキャンの結果を見た医師は、『ローレンさん、気になる点が見つかりました』と私に告げました。私の脳には腫瘍ができていたのです。最初はその言葉の意味が理解できませんでした。医師の説明によると、遅い腫瘍のようだが、悪性かどうかは判断できないとのことでした。そこで私はさらにニューヨーク病院のフランク・ペティート先生を訪ねました。先生は私をとても元気づけてくれましたが、同時に血管造影検査が必要だとも言いました。その後、腫瘍が良性であることが突き止められ、成長が非常にゆっくりであるため、今は何もする必要はない、心配しないように、と言ってもらえました。それから2年経ち、ショーの準備をしていた私は、念のため再びCTスキャンを受けました。腫瘍が大きくなっていないかどうか、確かめるためです。すると、ペティート先生から電話があり、『ラルフさん、来院の必要があります』と言われました」

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同センターは、ニューヨーク市にある米国屈指のがんセンター、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターとのパートナーシップにより、2001年に設立された。以来、地域医療の要となっている。

お前はクールじゃない「私はショーのまっ最中でした。しかし、急いで病院へ向かいました。一人でタクシーに乗った私は、帰りは大喜びしているか、途方に暮れているかのどちらかだな、と思っていました。結局、私は途方に暮れることになりました。先生に『腫瘍を取り除きましょう。以前より大きくなって、神経を圧迫しています』と言われたからです」

 ラルフ・ローレンは、そのまま入院することになった。

「さっきまで、ジャケットの襟の幅をチェックしていたのに、脳腫瘍の手術を受けることになってしまった。しかも入院していた病院は、アンディ・ウォーホルが3週間前に死を迎えた場所でした」

 彼はそれまでの自分について考え、こう思ったという。

「病院で私は、クールな大物気取りだったそれまでの自分を振り返りました。そして“お前はクールなんかじゃない”と自分に言いました。怖かったのです。これからどうなるのか、わかりませんでしたから」

 そしてローレンは手術を受けた。

「手術後、髪の毛を剃られた私の頭は腫れ上がり、包帯を巻かれていました。もう誰にも会いたくない、と思いました。あんな体験は、他の人にも絶対にしてほしくない、と思いました」

 その後、彼の中で、ある思いがどんどんと大きくなっていったという。

「私はそれまでよい人生を歩んできました。想像もしなかったような成功も手に入れました。そして幸運にも病気を乗り越えることもできました。ですから私は、誰かに使命を与えられたように感じたのです」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 03
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