Tuesday, September 25th, 2018

ENGLAND, OUR ENGLAND
競馬のための装い

イングランド中部諸州における社交界の夏の風物詩といえば、なんといっても王侯のスポーツ「競馬」である。
中でもロイヤル・アスコット競馬は、厳格なドレスコードで有名だ。
奔放で奇抜なファッションを生み、進化させてきた、競馬の華やかな歴史をたどる。
text nick foulkes

1939年、モーニングスーツとトップハット姿のプリンス・アリ・ハーン。フランス・シャンティイにて。

 トップハットに巻き付けたシルクスカーフを風になびかせた伊達男が、バルーシュ型馬車に寄りかかっている。ウエストコートに懐中時計のチェーンを垂らし、葉巻をくわえたこの男は、売り物を見てもらおうと懸命な裸足の少女を見下すように一瞥している。車輪の下には、こっそりシャンパンのボトルを盗もうと手を伸ばす子供の姿も見える。隣では、幼い曲芸師がピクニックランチのために並べられたパイとロブスターにうっとりしている。一方で、奇術の実演にいそしむ手品師は、運試しをしないかと人々を誘う。折り畳み机の上で、複数のカップを彼が動かし、どのカップに豆が隠れているかを当てさせるのだ。見物人のひとりが紙幣を握っているところを見ると、彼はどうやらカモを見つけられたらしいー。

 彼らはウィリアム・フリスの絵画『ダービー開催日』に描かれた登場人物の一部だ。19世紀中期の光景は、広大なキャンバスに油絵として閉じ込められた。この絵は単なる催し物の記録ではない。目を見張るような眺め、ファッションを披露する愛好家たち、当時の特別な祭典の雰囲気そのものを見事に捉えている。

 人は競馬場へ行くようになると、ワードローブが大胆かつ表情豊かなセンスで満たされてゆく。競馬における装いの楽しみは、ルールを破ることよりも、掟を目一杯まで拡大解釈することにある。イングランド人にとって競馬とは、いささかオーバーかつ奔放な奇抜さを暗示するときに引き合いに出されるものなのだ。

 例えば、私は1980年代末に結婚したが、式を挙げる際に当時行きつけのテーラーに、「1938年にスピットファイアのテストパイロットのために作られた、モーニングのウエストコートにそっくりな品」を依頼した(素材はシルクに変更)。式にお招きした年配の方が、そのウエストコートを「horsey(競馬愛好家らしい)」と評したとき、私はしめしめと思ったものだ。また、別の機会に大胆なチェック柄のツイードスーツを着ていると、「競馬場の馬券業者のようだ」と言われたことがある。私にとっては、社会的規範に少々背きつつも、ほどよい派手さを意味する褒め言葉だと捉えている。

 かつて私も、芝生の上を走る四肢動物のスピードを予想して身を立てようかと考えたこともある。だが最近は、競馬とは、ほかでは正当化できない服を着るための口実として考えるようになった。モーニングコートとシルクハットを着用する唯一の機会、ともいえるのである。

 競馬にハマった結果、人はどうなるのか知りたければ、ジョン・マクリリックを見ればいい。競馬解説者の彼は、ヴィクトリア女王時代の家長にも引けを取らない長いヒゲ、多数の指に指輪をつける趣味、そして1910年代の洒落者が集めたようなワードローブで有名である。

議会を中断させる国民的スポーツ こうした競馬の影響力を理解するには、数世紀前まで遡らねばならない。狩りを終えたアン女王が、ウィンザー・フォレストに競馬場が必要だと判断したのは、1711年のこと。これにより、アスコット競馬場が誕生した。ほどなくしてレースが開催されると、ファッショナブルな社交界の人々は、すぐにアスコット競馬場へと移動した。競馬が行われている週にロンドンにやって来たベッドフォード公が「食事や酒をともにする人が見つからない」とぼやいたほどだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 24
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