Thursday, March 11th, 2021

BUG’S LIFE

どこまでも気高く、速く、
エットーレ・ブガッティ

エットーレ・ブガッティは「美しすぎるものはない、そして高すぎるものもない」という言葉を好んで口にしていた。
20世紀の伝説とされる彼のレーシングカーたちは、純粋な“快楽主義”を車輪の上に乗せたものであった。
text stuart husband

Ettore Bugatti / エットーレ・ブガッティ1881年生まれ、1947年没。イタリア、ミラノ出身。芸術家一族の一員として生まれ、天才的な閃きを持つ技術者となる。仏アルザス地方のモールスハイムに自動車メーカー、ブガッティを設立。傑作タイプ35をはじめ、数多くのレーシングカー、超高級車を設計・販売した。ブガッティ・ブランドは現在でも存続し、超弩級のスーパーカーをリリースしている。

 1927年、現在の仏アルザス地方のモールスハイムにある工場で、かつてないユニークな自動車が生み出された。そのクルマ“ブガッティ・ロワイヤル”は、イタリアの著名なエンジニアでありデザイナーでもあるエットーレ・ブガッティが思い描いた、究極の贅沢な乗り物であった。

 エットーレは、ブガッティをロールス・ロイスと比較したある英国人女性の悪評に触発され、このクルマを作ったという。なので、そのボディは実に堂々としたものだった。全長21フィート(6.4m)、重さ約3トン(ロールス・ロイスよりもそれぞれ20%と25%上回っていた)。ボンネットには12.7ℓの直列8気筒エンジンが収められていた。

 もともとはフランス航空省のために設計されたもので、理論上は時速180km以上のスピードを出すことが可能だった。アールデコ調のふくらみのあるランボードと、エットーレの弟であるレンブラント・ブガッティがデザインした“ダンシング・エレファント”を象ったラジエーターキャップを備えていた。

 それはまさに王のためのクルマだった。エットーレのトレードマークである“高貴さと高慢さ”を形にしたような一台だった。彼は、本物の“ロイヤル”の称号を持つ者だけが、予定されていた25台に応募できると決めた。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 38
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