FOR ONE BRIEF SHINING MOMENT

ケネディが光り輝いた瞬間

May 2019

text stuart husband

ロバート・ケネディ、エドワード・ケネディと、ハイアニス・ポートで。1960年。

“輝き”は伝説へ こうした批判があるにもかかわらず、ケネディが今でも愛されている理由は、慎重につくり上げられたイメージのみならず、「今を生きる」姿勢にある。彼は8年にわたる共和党政権下の不況を受けて、自らが大胆な改革者であることをアピールし、1961年にこう宣言した。

「私が選挙戦に臨む上で前提としたのはただひとつ。アメリカ人が母国の現状に不安を感じていること、合衆国を再び動かすための意志や力を持っているということだ」

 彼は1962年のキューバ・ミサイル危機で巧みな外交手腕を発揮し、公民権法案の礎を築いた。また、「我が国が10年以内に月面着陸すると決めたのは、この目標が私たちのエネルギーや技術の粋を結集し、評価する上で役立つから」と宣言してNASAの宇宙開発計画を熱心にサポートし、国家としての目的を追求した。

 ケネディが今でも伝説として語り継がれているのは、「彼がもし生きていたら」という想像を掻き立てるからだろう。彼が生きていたら、国や世界を変えていただろうか? 彼の最盛期はアメリカの最盛期でもあったため、ケネディの名を聞くと多くの人々が、政治が高い志のもとで社会の道徳問題を解決できたこの時代を懐かしむ。

 ダラスのシックス・フロア・ミュージアムの窓から見える今日の政治情勢は厳しさを増し、ますます排他的、好戦的になっている。ほんの束の間であれ、光り輝く瞬間があったケネディの“キャメロット”という名の政権時代は、その語源となった幻の都と同じように、もはや再建の叶わない理想郷なのかもしれない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 26
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