Friday, May 10th, 2019

FOR ONE BRIEF SHINING MOMENT
ケネディが光り輝いた瞬間

ジョン・F・ケネディが1963年にダラスへ行かなければ、どうなっていただろうか?
彼は世界を変えていただろうか?
彼が生きていてくれたら、と私たちが思う限り、“キャメロット”の伝説は続くのだろう。
text stuart husband
 つい先日、ダラスに出張した私はディーレイプラザに立ち寄り、世界的に有名な悲劇の舞台となった場所を目の当たりにした。そこにはジョン・F・ケネディに捧げられた慰霊碑のなかでも特に印象的なモニュメントもあった。旧テキサス教科書倉庫ビルに入っているシックス・フロア・ミュージアムもそのひとつだ。
 階段を上って角を曲がると、リー・ハーヴェイ・オズワルドがケネディ大統領の車列に向けてライフルを発射した窓がある。1963年11月22日の午後に起きたこの暗殺事件は世界に衝撃を与えた。このミュージアムには年間40万人もの人々が訪れている。「アメリカが誇る最も偉大な大統領」「彼がいなくてどんなに寂しいことか」「無情にも消された、希望の光」―メッセージブックに残されたこれらのコメントは、半世紀以上経った今でもケネディ神話が深く息づいている証である。

新世代のシンボル
 彼がこれほど長きにわたって神格化されている理由は、書面上ではわからない。なにしろケネディ大統領の在任期間は3年足らず。就任した年は誰が見ても最悪だった。キューバのピッグス湾侵攻作戦は失敗に終わり、1961年のウィーン会談ではソビエト連邦の好戦的なニキータ・フルシチョフ首相に恥をかかされ、彼が提出した法案の多くは連邦議会の反対を受けて否決された。
 しかし、ケネディ神話の真髄は、法案を可決させるといった雑事よりも、アメリカが昔から大切にしてきた理想―目的、希望、活力、力強さ、勢い―を体現した彼の生きざまそのものにある。この点で、歴史は彼に味方したといえるのだ。
 71歳で当時最年長だったドワイト・D・アイゼンハワーの後を継いだ43歳のケネディは、アメリカ合衆国史上最も若くして選ばれた大統領であった。20世紀に生まれた初の大統領であり、第二次世界大戦でPTボート(魚雷艇)を指揮した経験もある彼は、新たな世代の台頭を告げるシンボルとなったのである。
 ケネディがテレビ時代の到来に合わせたタイミングで“新進気鋭”のイメージを打ち出したのも偶然ではない。交流会で語る姿を収めた古い映像を見れば、彼のカリスマ性や見事な演説力に感銘を受けるはずだ。ケネディ大統領の有名な就任演説には、記念碑に刻むために考えられたような名言が散りばめられていた(もちろんその多くが実際に刻まれた)。
 なかでも、プレップスクール時代の講話を引用して「チョート」という校名を「国」に置き換えた一句―「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何をできるかを問うてほしい」は有名だ。教師や公務員、平和部隊などの勧誘句ともなった名言はかくして生まれたのである。

スマートなルックス
 それらに加えて、ケネディ自身の魅力もまたJFKブランドの人気を高めた一因だ。詳細については、彼の友人でもあったジャーナリストのベン・ブラッドリーの著作『That Sp ecial G race』(1964年)に書かれている。ケネディは端正なルックスとスポーティーな体格、そして自身に引けをとらないほど魅力的な妻子に恵まれていた。これほどスリムで男らしい大統領が、ウインドブレーカー姿にレイバンのサングラスをかけ、大統領専用ヨットのハニー・フィッツ号でハイアニス・ポート沖をセーリングしている様子、あるいは執務室で子供たちと戯れ、エアフォースワンで娘のキャロラインを膝の上にのせている姿を想像してほしい。大統領らしいスマートでモダンな装いも実に絵になるのだ。メンズウェアの歴史に詳しい作家のG・ブルース・ボイヤーはこう書いていた。
「彼は人々に安心感を与えるような装いを心がけていたが、これは記者会見を重ねるうちに自然と身についたものだ。誠実さと軽やかさ、深みとユーモア、計算と直感のバランスがすばらしい」
 ケネディは、アイビースタイルをベースにしたカッティングと控えめなソフトショルダー、ゆるやかな胸のラインからウエストをやや絞った、最高にシンプルなピンストライプやダークグレイの2Bスーツで、ボイヤーが言うところの「洗練されたアイビースタイル、東部上流階級のビジネスルック」を上手く取り入れていた。
 プライベートでは、ポロシャツと、素足にデッキシューズが週末の定番だったという。“時の人”らしいコーディネイトに磨きをかけるため、大統領になってもほとんど帽子を被ることはなかった。ロナルド・レーガンのずっと前から、ケネディは大統領でありながら、まるでハリウッドスターのように取り巻きからも人気があったのだ。
 取り巻きのひとりであるジャーナリストで歴史家のセオドア・ホワイトはこんな思い出を語っている。
「いまだにケネディの写真を見るのがつらい。私が覚えている彼のイメージは非常にクリーンで優雅。大統領専用機の階段を軽やかに駆け上がると身を翻し、群衆に手を振りながら中に消えていく。まるでバレエダンサーのような動きだった」

John F. Kennedyジョン・F・ケネディ
1917 年、マサチューセッツ州ボストン生まれ。ハーバード大学卒業。第二次世界対戦では海軍士官として魚雷艇の艇長を務める。1946 年、下院議員選挙に出馬し当選。1952 年には上院議員に。1953 年、ジャクリーン・ブービエと結婚。1961 年に第35 代アメリカ合衆国大統領に就任。在任中の1963 年11 月22日、テキサス州ダラスで暗殺された。

メイン州での休暇中に米沿岸警備隊のヨットの舵を取る姿、1962 年。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 26
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