Thursday, August 15th, 2019

SPIRITUAL LEADER

バレンシアガの伝説

彼は3歳から裁縫を始め、12歳の頃にはサン・セバスティアンのテーラーでカッティングの技を学んでいた。
1972年に敬虔な生涯を終えたクリストバル・バレンシアガは、生前「あらゆるデザイナーの師」として崇められる存在だった。
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Cristóbal Balenciaga / クリストバル・バレンシアガ1895年、バスク生まれ。3歳より洋裁を始め、12歳のときには見習いとして働き始める早熟の天才だった。1915年に自らの店を開くが、スペイン内乱によってパリへ移転。37年に発表した初コレクションが大評判となり、一躍時代の寵児となる。クリスチャン・ディオールやココ・シャネルから尊敬され、「彼だけが本物のクチュリエ」と賞賛された。1972年逝去(写真はパリにて、1927年)

 バレンシアガの2017年秋冬メンズウェアコレクションでは、デザイナーのデムナ・ヴァザリアが「セクシーなテーラーリングの復活」を宣言した。

 素肌にゆったりしたジャケットをまとい、スキニーパンツのウエストを恥骨のすぐ上までずらし、足元にハードなバイカーブーツを合わせたコーディネイトは、カジュアルフライデーよりも、スチームパンクな週末にふさわしいスタイルだった。

 この由緒あるクチュールメゾンの創始者が生きていたら、こうしたスタイルをどう思っただろうか? 推測するのは難しい。クリストバル・バレンシアガは長く輝かしい現役時代に、写真家セシル・ビートンから「ファッション界のピカソ」、クリスチャン・ディオールから「あらゆるデザイナーの師」と称賛されたほどの天才クチュリエでありながら、ほとんど表舞台に出てこなかったからだ。

「顧客の前に姿を見せることはめったになかったし、社交界にも顔を出さなかった」とビートンは述べている。一度だけタイムズ紙のインタビューに応じたことがあったが、そのときも苦心しながら「自分の仕事を人に説明するのは絶対に不可能」だと話している。

 1927年に撮影された唯一の公式写真では、愁いを帯びた様子のバレンシアガが長椅子に腰かけ、一分の隙もないソフトショルダーのダブルスーツに、ふんわりしたポケットチーフを合わせた見事な装いを披露している。ポケットから大きく飛び出したポケットチーフは、彼が手がけた作品のアヴァンギャルドなシルエットを連想させる。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 21
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