Monday, July 8th, 2019

A SINGULAR WOMAN
唯一無二のトップ女優

衰えることのない美と演技
 2000年代は、ジュリアンに喜びと悩みをもたらした。この頃、彼女はアカデミー賞に3回ノミネートされた。最初は1999年末に公開された『ことの終わり』で、残る2回は2002年の『エデンより彼方に』(主演女優賞)と『めぐりあう時間たち』(助演女優賞)である。一方で、アルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』(2006年)では興行的に惨敗を喫した。
「スタジオの体制変更などが重なって、封切り後のサポートが万全ではなかったんです。傑作で素晴らしかったのに」
 ジュリアンはあるインタビューで「悲劇は私の得意分野」と語ったことがあった。普段からジョークが多いとはいえ、この言葉には説得力がある。彼女は斬新で、ときには不快な題材で激しい苦悩を表現し、赤裸々な性描写に挑み、複雑なキャラクターを見事に演じてきた。
 アカデミー賞だけが演技を評価するわけではない。現代エレガンスの旗手であるトム・フォードが、監督デビュー作の『シングルマン』(2009年)にジュリアンを起用したことを思い出してほしい。彼女はコリン・ファース演じるジョージの親友で、華やかな風貌ながら心の傷を抱えるチャーリーを演じた。キャスティングにあたっては、美に決して妥協しないフォードらしく、美しい老いを表現できる役者を探したという。40歳を超えても20代に引けを取らない美を表現するのは難しい。
『シングルマン』は同性愛テーマのステレオタイプを大きく覆した作品といえるが、そういえばジュリアンとアネット・ベニングがふたりの子を持つレズビアン・カップルを演じた『キッズ・オールライト』(2010年)も斬新な作品だった。ジュリアンは同作について、こう語る。
「実に画期的な作品でした。同性カップルを忌まわしい存在ではなく、ごく普通の家族として描いたからです。大学で出会ったふたりが長年ともに暮らし、よく考えた上で子供を持ちますが、子供が大学に行く年頃になると家族に変化が訪れる。誰もが共感できるような心温まるストーリーで、ほかに類を見ない内容でした」
 スティーヴ・カレル演じるキャルの妻で、満たされない女性を演じた『ラブ・アゲイン』(2011年)や、性格の悪い大女優ハヴァナ・セグランドを演じた『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(2014年)、そして、裏切り者をミンチにしてしまうポップなヒール役を演じた『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2017年)と、ジュリアンは近年も素晴らしい演技を見せている。
 特筆すべきは、『アリスのままで』(2014年)で待望の初オスカーを獲得したことだ。認知症や高齢化、医療制度の課題をめぐる議論が世界各国のニュースで報じられた当時、アルツハイマー病を患う女性と周囲への影響を描いたこの作品は実にタイムリーだった。ジュリアンの演技は、言葉がおぼつかなくなった言語学者アリスの優雅で哀しい人物描写に感情的な深みを見事に与えていた。

次世代に伝える大人の責任
 ジュリアンは『アリスのままで』と同じように、大人は次世代によりよい遺産を残すべきだという責任を強く感じている。イギリスのEU離脱について、こう話す。
「国民投票のとき、キングスマンの撮影でイギリスにいたのですが、朝起きたら離脱派が勝利しているではありませんか。その瞬間、『覚えておいて、きっと同じようなことがアメリカでも起きるから』という誰かの言葉が私の頭をよぎりました。そんなことはまさかありえないと思っていましたが……。今、人々は目が覚めたのではないでしょうか。投票すべきだと気づいたでしょう。私たちはもっと力を発揮しなければならないし、現状に無関心ではいられません。将来の子供たちのためにも。問題なのは、大人たちは子供たちが何とかするだろうと考えていることです。子供は大人を見て育つのだから、私たちがきちんとお手本を見せないといけないと思います」
 こうした考えから彼女が取り組んでいるのが、絵本作家としての活動だ。自らの幼少期の体験をもとに*『Freckleface Strawberry』という絵本を書いている。この本のアイデアは、彼女のふたりの子供がまだ小さい頃に思いついたものだ。
「今でも覚えていますが、幼い息子は髪を切られて新しい髪形を気に入りませんでした。ちょうど新しい大きな歯が生えてきたところだったので、小さな頭に大きな歯の息子はご機嫌ななめで、その姿は本当に可愛らしかったのですが、私は胸が張り裂けそうになりました。そのとき、思い出したんです。私も自分の赤毛やそばかすが嫌いで、幼なじみからは“Freckleface Strawberry”(そばかす顔のイチゴちゃん)と呼ばれていたことを。もちろんすごく嫌だったけれど、今になってみると素敵なあだ名です(笑)。そこで、子供の頃に大切なことについて書きたいと思いました。昔から『みにくいアヒルの子が白鳥になりました』という話は好きじゃありません。外見は変わらないけど、気にしなくなるだけ。だから、次々に本を書きました」

トップ女優の自問
 公開待機作品でも、ジュリアンの演技は輝いている。中でもふたつの注目作(日本公開未定)はタイトルが似ているので覚えやすいだろう。大人の恋愛を描いた『Gloria Bell(原題)』はチリ映画『グロリアの青春』のリメイクで、ジュリアンは自分と同年代で、離婚後に新しい恋を見つける女性グロリアを演じた。
 もうひとつの『The Glorias: A Life on the Road(原題)』は、世界有数のフェミニズム活動家グロリア・スタイネムの伝記映画だ。この作品では、アリシア・ヴィキャンデルをはじめとする3人の女優が出演する。女性の権利拡大に注目が集まっているタイミングで、彼女がグロリア・スタイネムを演じるのは、“既定路線”という言葉がふさわしい。
 私の周りに聞いても、誰もがジュリアン・ムーアは間違いなくハリウッドを代表するトップ女優だと言う。しかし、彼女もそう思っているのだろうか? 母でありながら、オスカー女優、さらに世界三大国際映画祭でも女優賞を制覇した唯一のアメリカ人女性として60歳に近づこうとしている彼女は、自らの手で切り拓いてきたキャリアや人生に満足しているのだろうか?
「正しい道を選んできたのかどうかはわかりません。運命づけられていたような気もします。でも人生は可能性に満ちているのですから、今も“もし医者になっていたら?”と自問することもあります」
 ジュリアンには医者でなく女優を続けてもらいたい。今後も活躍が楽しみだ。

* 『Freckleface Strawberry』 = ジュリアン・ムーアによる準自伝的内容の絵本で、シリーズ化して出版されている。

『ことの終わり』(1999 年)でレイフ・ファインズと共演。

『マグノリア』(1999 年)。

アカデミー主演女優賞に輝いた『アリスのままで』(2014 年)。

PHOTOGRAPHER’S ASSISTANT: TRE CASSETTA
2ND ASSISTANT: NATHAN CLUSS
DIGITAL TECH: KARIE ENG
FASHION ASSISTANT: VERONICA PEREZ
HAIR: SERGE NORMANT @ STATEMENT ARTIST
MAKEUP: HUNG VANNGO @ WALL GROUP
MANICURIST: MAKI SAKAMOTO @WALL GROUP

THE RAKE JAPAN EDITION issue 27
1 2 3

Contents