March 2022

SKÅL OF THOUGHT

俳優:マッツ・ミケルセン 美しき“至宝”に祝杯を

“北欧の至宝”の異名をとる実力派、マッツ・ミケルセンの出演作には、その名に違わぬ超大作が並ぶ。
しかしその才能を余すところなく堪能するのなら、彼の母国・デンマークの映画に浸るのがいいだろう。
text nick scott
photography charlie gray
fashion direction grace gilfeather

Mads Mikkelsen / マッツ・ミケルセン1965年デンマーク・コペンハーゲン生まれ。体操選手、プロダンサーとしての活動を経て、1996年に『プッシャー』で長編映画デビュー。2006年の『007 カジノ・ロワイヤル』に血の涙を流す悪役として出演し、世界にその名を知らしめる。2012年の『偽りなき者』でカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞。以降も、デンマーク、ハリウッド問わずさまざまな話題作で好演。

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『ドニー・ダーコ』、『恋はデジャ・ブ』、『ラン・ローラ・ラン』――*シュレーディンガーの猫を題材にした映画は枚挙に暇がない。また、アインシュタインの一般相対性理論がなければ『インターステラー』は果てしなく長い映画になっただろう。しかし、トマス・ヴィンターベア監督の最新作『アナザーラウンド』は、奇想天外なことに、ノルウェーの哲学者フィン・スコルドゥールの仮説――血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと仕事の効率がよくなり想像力がみなぎる――をもととしている。

 マッツ・ミケルセンがこの作品で演じるマーティンは、冴えない中年男。結婚生活はうまくいかず、歴史の教師をしているが仕事でも消耗しきっている。そんな彼と3人の同僚たちは、このスコルドゥールの仮説がどれほどの意味を持つのか、実際に試してみようと決意する。

 この映画は決してデンマーク版の『ハングオーバー!』ではないし、『リービング・ラスベガス』や『クレイジー・ハート』、『28DAYS』といった飲酒の危険性を説いた路線の作品でもない。

「トマスと(共同脚本家の)トビアス(・リンホルム)は、飲酒というトピックを道徳的に扱いたくなかったんだ」

 ミケルセンは、妻のハンネ・ヤコブセンと暮らすマヨルカ島の家のテラスから、何本も煙草の煙を燻らせながらオンラインインタビューを受けてくれた。

「飲酒の危険性を描いた作品はたくさんあるけれど、そのテーマでやりたかったわけじゃない。酒は昔からあって、役に立ってきたことにも目を向けてほしくて」

 ではミケルセンはスコルドゥールの提唱をどう思っているのだろうか。確かにいくつかの研究では、軽度の飲酒が創造的な認知力を高めることを示唆している。

「ビールを2、3杯飲めば、あるゾーンに入ることはわかるよ。仲間や夫婦との会話でも、あるいはビリヤードでも何でも、“マジックゾーン”はあるよね。スコルドゥールの理論は正しいと思う。ただ問題なのは、コントロールしにくいこと。酒を飲まずにこのゾーンに入れるなら――それは人生のゴールだね」

*シュレーディンガーの猫=1935年、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが「重ね合わせ」状態を猫で説明した量子力学のパラドックス。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 42
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