Friday, December 6th, 2019

POP ART
俳優マイケル・ヌーリー、アンダーソン&シェパードを試す

text michael nouri photography luke carby & kim lang

作業台を準備するトラウザーズ担当カッターのジョン・マローン氏。

「スーツをお願いします。スリーピース、ダークブルー、チョークストライプ柄で。トラウザーズはボタンフライ仕立てでサスペンダー用のボタンがあるものを」と答えると、こちらへと案内された。鏡はあるがエアコンはない部屋に通された私は、肩、胸、腕、ウエスト、アウトシームやインシームの採寸を受けた。
 巻き尺を手にしたテーラーは「お客様はどちら側の装いをされますか?」と尋ねてきた。何のことだか見当も付かなかった私は、「うーん、右利きですが?」と答えた。常に紳士的なテーラーが笑いの衝動に耐えてくれたため、私は恥ずかしい思いをせずに済んだ。「承知いたしました。2週間後、次回のフィッティングにお越しいただけますか? スーツの完成にはフィッティングが3回必要となります」
 私はしまったと思った。たびたびロンドンに戻るとなれば、どうやってフランスやイタリアを見物すればいいのかと思いつつも、私は「ええ、もちろんです」と答えた。隠しラベルが付いた自分のスーツを手に入れるまで、何物にも邪魔させるものか!ああ、かくして私はビスポーク・テーラーリングの世界の人質となったのだ。
 当時の価格は今と比べれば安かったが、夏の終わりまで持つはずの軍資金がそっくり持っていかれる額だった。路上ライブに本腰を入れるしかない。手つけ金を払った私は店から出ると、オールド・ブロンプトン・ロードにあるトルバドゥール、ハイドパーク、リージェンツパーク、グリーンパーク、シャンゼリゼ、そしてローマ、ナポリ、カプリ島の広場を巡ってディランの福音を伝えた。懐は寂しくとも甘美な日々だ!
 1964年7月、ロンドン。私は秘密のラベルが付いた人生初のビスポークスーツを受け取った……。
 あれから55年経った今、おやじはこの世にいない。これまでに見た男性のワードローブの中でも指折りとラルフ ローレンの担当者に評された、おやじの驚くべきワードローブは、どこかの幸運な人物がオークションで競り落としたらしい。
 私自身のクローゼットは、今やおやじへのちょっとしたオマージュになっている。素晴らしい不思議の国のような彼のクローゼットと比べれば、私のは非常にささやかだが、スーツのポケットの中の隠しラベルには、エドワード・セクストンやヘンリープール、そしてイタリアからはガエターノ・アロイジオやアントニオ・リヴェラーノといった名が連なっている。
 イタリアにサヴィル・ロウがあったなら、名テーラーのガエターノ・アロイジオ氏が頂点に立つことだろう。ローマにある彼のアトリエは、ビスポークウェアの優雅さに溢れた聖地だ。おまけに彼は面白い! こうしたテーラーたちが導いてくれたおかげで、私は自分の好みを明確化し、要望をはっきり言葉にできるようになったのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 29
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