Molly Anderson Interview

英国サヴィル・ロウでちょっと「ホットな」話題:モリー・アンダーソン

July 2024

text kentaro matsuo

photography tatsuya ozawa 

(2022年10月に公開した記事を一部再編集しています)

 

 


Molly Anderson/モリー・アンダーソン
サヴィル・ロウの鬼才、リチャード・アンダーソンの三女、カッター。レスター大学で文学を学んだ後、2019年2月にサヴィル・ロウでキャリアをスタート。共同創設者のブライアン・リシャックとともにハウスをサポートしている。リチャード・アンダーソンのビスポーク(特に女性向け商品)の拡大に大きな役割を果たし、カッターとして3つの新しいモデルをデザインした。2022年9月初来日、日本橋三越本店・伊勢丹新宿店において、トランクショーを行った。

 

 

 

 英国サヴィル・ロウといえば、THE RAKEが最も得意とするテーマのひとつで、いつも「何処のスーツへのこだわり」やら「何某の生地に対する情熱」といった記事をお伝えしているが、本日は同じサヴィル・ロウでも、ちょっと「ホットな」話題をご提供しよう。それが写真のモリー・アンダーソンである。ご覧のような美貌と、明るく素直な性格、そして服飾に関する的確なアドバイスでサヴィル・ロウ界隈では(そして耳が早い日本人の間でも)ファンが急増中らしいのだ。

 

 モリーの父親は有名テーラー、リチャード・アンダーソンである。彼はかつて老舗ハンツマンに籍を置き、史上最年少の29歳でヘッドカッターに抜擢された天才だ。2001年にサヴィル・ロウ13番地に自らの名を冠した店をオープン、2009年には自伝『ビスポーク』を上梓。日本でも広くブランド展開をしており何度も来日しているから、ご存知の読者も多いだろう。今では英国紳士服業界の重鎮のひとりとして数えられる彼に、こんな息女がいたとは……。

 

 取材当日は日本橋三越本店でトランクショーが行われ、接客・採寸のすべてをモリーが担当した。今回が初来日だという彼女に、ブランドのこと、父親のこと、そして服に対する愛について聞いてみた。

 

 

 

 

―小さい頃から洋服に囲まれて育ったのですか? どのようなご家族でしたか?

「洋服に囲まれて育ったというよりは、アートに囲まれて育ったといったほうが正しいかもしれません。うちは6人家族です。母は美術の教師をしており、自らもアーティストでした。父の本の挿絵なども描いています。上の兄はEコマース中心のカジュアル・ブランドに勤めており、妹は音楽と写真を生業としています。なぜか下の兄だけが会計士なのですが……(笑)。とにかく家族皆がクリエイティブなのです」

 

―お父様はどんな方ですか?

「父はラブリーでタフな人です。厳しいけれど、優しく、辛抱強い。昔から父の仕事場を訪ねては、その仕事ぶりを見ていたものです。今回のコロナ禍で、父との関係はさらに深まった気がします。ワン・トゥー・ワンで仕事を教えてもらえたからです。それがパンデミックで唯一よかったことですね。おかげでこうして東京にも来ることができました(笑)」

 

―どうしてテーラーの道へ進もうと思ったのですか?

「私は本を読むのが大好きで、大学では文学を専攻しました。しかし、もう少しクリエイティブで、何かを作り出す仕事をしてみたいと思うようになったのです。そこで父からテーラリングのスキルを習い始めました。この仕事のいいところは、たくさんの人と出会うことができるところ、いろいろなことを発信できるところですね」

 

―どういったところが楽しいですか? また辛いところは?

「カスタマーがハッピーになってくれると私も嬉しいのです。お客様のニーズを聞いて、一緒に話をしている時が、とにかく楽しい。辛いところは(しばらく考えた後……)ないですね! もちろんカッティングは難しい作業です。私は採寸をして、ペーパーでパターンを起こし、布にチャコで線を引き、カットするところまでをやります。これらはとても難易度が高い工程ですが、辛いと思ったことはありません。縫うことですか? いずれ習いたいとも思っていますが、縫製はやりません。専門の職人たちがいますから……」

 

 


日本橋三越本店にディスプレイされるリチャード・アンダーソンのコレクション。コロナ禍が落ちつき次第、日本でも定期的にモリーによるトランクショーが行われる予定だという。

 

 

 

―リチャード・アンダーソンの服の魅力は何ですか? ハウススタイルは?

「高いアーム位置で、フロントは1つボタン、サイドベンツで、トラウザーズはサイドアジャスター付き、ヒップポケットは右側にひとつだけ。これが典型的なリチャード・アンダーソンのスタイルです。背が高くなくても、痩せていなくても、すべての人に似合うように設計されています」

 

―今のおすすめ生地やスタイルを教えて下さい。

「ロンドンも東京も秋に入りますので、フランネルやヴェルベットの生地がおすすめです。ロンドンではブラウンカラーが流行っているので、東京のお客様にもソフトクロスのブラウンをおすすめしたら、皆に気に入って頂けました。スタイルとしては、ジャケットとトラウザーズをバラバラにして着られるセットアップをおすすめしています」

 

―接客や採寸の際に、気をつけていることは?

「カスタマーに居心地良く、快適になってもらうことです。もしお客様が大きめがお好きなら大きめを、タイトがお好きだったらタイトなものをおすすめします。常にカスタマー・ファーストですよ。私の趣味を押し付けることは致しません(笑)」

 

―女性のテーラリング市場について、どう思いますか?

「リチャード・アンダーソンでは、2001年に店をオープンしてから、ずっとレディスモデルを扱っています。5つほどのパターンをベースとして、さまざまなバリエーションに対応しています。女性は男性よりクリエイティブなものを求める傾向があります。面白いカットを試したり、布地で遊んだりするのです。女性のテーラリング・マーケットは、これからもどんどん伸びると思います」

 

―ご自身の装いのスタイルはどんなものですか? 

「もちろんテーラーですから、テーラーメイドの服を着るようにしています。ちょっとアンドロジナス的かもしれませんね。でも正直に言うと、好きなものに袖を通してしているだけなのです。父からアドバイスを受けることもあります。とても的確で、クラシックなアドバイスです」

 

―初来日だと伺いました。日本の印象は?

「実は、昨日の夕方に東京へ着いたばかりなのです。そして今日は朝からずっとお客様をお迎えしていたので、まだ何も見ていません。でも昨晩は居酒屋とカラオケに連れて行ってもらいました! 新橋にある、父リチャードも行ったことがあるカラオケ店です。何を歌ったか、ですか? ええと、『オリオリオー!』という曲(笑)(筆者注:バブルガムブラザーズ?)、あとはエアロスミス、ABBA、モンキーズなどです。モンキーズは父も歌います」

(エージェントU氏によると、父リチャードも娘モリーも、歌は抜群に上手いのだとか)

 

―それでは日本人カスタマーに対する感想は?

「もう理想的なお客様です! 皆熱心に私の話を聞いてくれて、アドバイスにも耳を傾けて頂けました。私も女性の目線から見て、格好いいと思うスタイルをご提案しました。リチャード・アンダーソンのハウススタイルに初めてチャレンジするという方もいらして、とても嬉しく思いました」

 

―プライベートについて少し教えて下さい。ご結婚はなさっていますか? ご趣味は?

「結婚はまだしていません。兄妹も皆独身です。6人家族で、5人は一緒に住んでいて、私だけが別のところに住んでいます。ですから訪ねる先が一箇所で便利です(笑)。趣味はアート鑑賞。あとは、ちょっとおばあさんのようですが編み物です。いろいろなものを編みます。編み物には、セラピー効果がありますね。ランニングも少し。映画を見るのも好きです。最近面白かった映画ですか? 『EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE(原題)』がよかったですよ!(2023年3月に日本公開予定)」

 

 

 

 

 容姿端麗、天真爛漫、そして気配りは日本人顔負け。モリー・アンダーソンは、会う人の誰もがファンになってしまうような女性だ。サルトリアル好きなら尚更……。今回、彼女のアポイントメントを獲得できた顧客は、ラッキーだったという他はない。

 

 サヴィル・ロウのカッターといえば、眉間にシワを寄せた恰幅のいい中年男性を想像するかも知れないが、時代は確実に変わっている。クラシックを標榜するTHE RAKEだが、こういう変化なら大歓迎である。次のトランクショーの際には、一顧客として参加してみたいと、心から思った次第である。