Friday, December 6th, 2019

POP ART
俳優マイケル・ヌーリー、アンダーソン&シェパードを試す

アメリカの俳優、マイケル・ヌーリーが、亡き父の遺した数々の思い出とともに聖地サヴィル・ロウへ赴く。
目的は、テーラーリング界の伝説的ハウスのひとつ、アンダーソン&シェパードでのビスポーク体験だ。
text michael nouri photography luke carby & kim lang

Michael Nouri マイケル・ヌーリー
1945年、ワシントンDC出身。父親はイラク生まれ。83年『フラッシュダンス』のニック役で注目を浴びる。87年『ヒドゥン』主演、2004年にはスピルバーグ監督の『ターミナル』、2008~2013 年ドラマ『NCIS ~ネイビー犯罪捜査班』など、俳優としてのキャリアを重ねている。

アンダーソン&シェパードのビスポークのスリーピーススーツを身に着けた俳優マイケル・ヌーリー。生地はH.レッサー製トロピカル・ウール。ジャケットのピークド・ラペル、ウエストコートのショールカラーが特徴。アンダーソン&シェパード ハバダッシェリーにて。

 あれは1964年6月だった。高校を卒業したばかりの私は、夏の間はかろうじて持つであろう300ドルのトラベラーズチェックを携えて、初めての外国旅行先であるロンドンにいた。旅の仲間は愛用のギター、マーチンD-28だった。ボブ・ディランに憧れていた私は、さらなる路銀を稼いで夢を叶えようと、ギターを持って公園やストリートへ行っては演奏を披露していた。300ドルは、私が“Pop(おやじ)”と呼んだ父からの卒業祝いだった。
 ファッション、センス、優雅さにおいて非の打ちどころのない男だったおやじは、あらゆるビスポーク品を愛用した。彼のクローゼットは、単なる衣類の保管場所というより不思議の国だった。
 誰の干渉も受けないその私室には、パリ、ロンドン、ローマ、中東からやって来たベチバー、沈香、パチョリのうっとりするような、そしてエロティックな芳香が溢れていた。彼のスーツとその香りは同義語だった。まるでテーラーと調香師が力を合わせ、嗅覚と触覚を融合させたかのようだった。使われているハンガーはイタリア製のハンドメイドだった。何しろ特別なスーツだったのだから。
 そして多種多様でありながら、スーツには“ブランド・ラベルが見当たらない”という共通点があった。ブルックス ブラザーズの制服を着て育った私にとって、おやじのスーツは異国情緒と神秘に満ちた、異彩を放つ存在だった。
「スーツのラベルを見たいなら胸の内ポケットの中を見なきゃだめだぞ」というおやじの言葉に従って覗いてみると、中には確かに手縫いのラベルがあった。ラベルには、後ろに“ESQ(~殿)”の敬称が付いたおやじの名前、日付、テーラーの名前に加えて、魔法の王国サヴィル・ロウの名が入っていた。「いつの日か!」と私は心の中で唱えた。

人生初のビスポーク

 その日が訪れたのは、それから何年もの時を経た私が、コークストリートにあるヘンリープールの敷居をまたいだときだ。17歳になった私はある使命を帯びており、身に着けているブルックス ブラザーズのチノパンには夢と300ドルが入っていた。
 おやじによく似た服装をした紳士が、そんな私に心のこもった挨拶をしてくれた。そこで父の息子だと自己紹介すると、温かく歓迎されたうえ、1806年からは国王や紳士たちの衣服を、そして1950年代からは父の衣服も仕立ててきた神聖な店のさらに奥へと招き入れられた。
「ご用をお伺いしてよろしいでしょうか?」と彼は言った。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 29
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