Tuesday, December 3rd, 2019

WEAVING STRAW INTO GOLD
フォックス ブラザーズこそ、一生モノである

原料を贅沢な生地に変え、ビスポークの夢を現実とする。彼らの仕事がもたらすのは、
代々伝わる金ぴかの装身具にも負けない、家宝となる服である……。
text tom chamberlin photography kim lang

使われた生地はフォックス ブラザーズが誇るサマセットジャケッティングのコレクションだ。一見ツイードのようだが、その手触りは贅沢で柔らかい。今回は大柄なウインドウ・ペーンに挑戦した。

 ビスポークは一度はまるとやめられない習慣だが、完成品への期待度がどのくらい変動するかは、依頼者とテーラーの信頼の度合いによって決まる。信頼がなければ、依頼者はその過程で神経を大いにすり減らすことになる。時間を無駄にし、お金を浪費したかもしれないと後悔するからだ。
 まずどこの誰に依頼すべきかを決めるのは、大きな難関となるはずだ。さまざまなハウスがよりどりみどりのスタイルを提供しているうえ、各ハウスにはそれぞれのカッターに対応した小宇宙が存在する。このようにあまたの選択肢がある状態で、100パーセント自信が持てるひとつの解答にたどり着くのはほぼ不可能だ。さらに、いくら最高のカッターでも、初対面で依頼者の心を読み、常に少しずつ変化する体の隅から隅まで把握するのは無理というものである。
 一部のテーラーリング入門には、こういった好みならこのテーラーがお薦めですと書かれているが、実際にはそれほど単純だった試しがない。だが多くの人は、自分が夢見る理想の服を具現化してくれる、頼もしいカッターへの近道を求めている。
 そんな近道のひとつが、ケント・ヘイスト&ラクターのテリー・ヘイスト氏である。彼はニック・フォルクス氏、リッチモンド公爵など、世界の錚々たるベストドレッサーたちの御用達カッターだ。テリー氏の非凡な才能に親しんでいたことは幸運だった。なぜなら私たちは最近、現在の英国の生地製造業界でおそらく最も重要(本人は謙遜しているが)な人物に出会ったからだ。フォックス ブラザーズ社のダグラス・コルドー氏である。
 眉目秀麗で口調が柔らかく親切なダグラス氏は、自社ブランドにとって素晴らしいアンバサダーだ。彼は控えめな人柄だが、世界でも指折りの贅沢な生地を管理している男だ。その生地は、着用者を平静と落ち着きに満ちた境地へと導いてくれる。これこそ、ラルフ・ウォルドー・エマソンが「身なりが完璧に整っている」と名付けた状態である。
 グリム童話『ルンペルシュティルツヒェン』に登場する娘は麦わらから金糸を紡ぎ出したが、フォックス ブラザーズも同様だ。羊から原毛を手に入れ、洗毛し、糸に紡ぎ、織り上げるという昔ながらの工程を経て、珠玉の生地を誕生させるのだから。その生地を衣服に仕立てれば、どんな宝飾品にも、代々伝わる金ぴかの装身具にも負けない、大切にすべき家宝のような品になる。
 こうした特別な生地がサマセットジャケッティングだ。このコレクションは英国らしい味わいに満ちており、フォックスの精神的(かつ地理的)な故郷であるサマセットをモチーフとしている。見たところツイードのようだが、手触りは贅沢で柔らかい。ダグラス氏は次のように語る。
「エクスムアとクウォントック丘陵の散策をイメージしたサマセットジャケッティングは、色を重視し、今日のメンズウェアに色彩を取り戻すことを目的としています。近年、ますます多くの方がビスポークに目を向けていますが、用途の広いジャケットをご希望のお客様が増えています。サマセットジャケッティングはドレスアップにもカジュアルにも向いているため、日本製のセルビッジジーンズやコーデュロイとも相性抜群ですし、グレイのフランネルとも調和します。色合いと柄は伝統を踏まえたものになっていますが、現代的で派手過ぎません。フォックスのデザイナーたちは、伝統的な柄を大切にしつつも色を落ち着かせる能力を持っています。その配色は、タウンにもカントリーにも似合うでしょう」
 今回選んだ生地は、13分の12オンスのミディアムグレイのウインドウ・ペーン柄ジャケット地で、ロイヤルブルーのチェック入りだ。
 次に向かうのはロンドンのサックヴィルストリートにあるケント・ヘイスト&ラクターだ。今回のデザインは、ダブルブレステッド、パッチポケット、後ろ身頃のハーフベルトという、ヘイスト氏が昨年私に仕立ててくれた品に近いものだ。ハーフベルトは、不必要ではあるが結構スマートではないかと個人的に気に入っているキザなディテールである。
 ジャケット全体に大きな違いをもたらしたのは、ラペルの小さな変更点だった。以前の初期仕様は、真っ直ぐな4.5インチのラペルだ。ヘイスト氏によれば、柔らかく包み込んでくれるメリノウールは、カシミアとよく似た反応を示す素材だという。今回は、そんな表情が引き立つように、ラペルをより膨らみのある形状にすることで、ラペルが小粋にすらりと垂れて胸を覆うようなデザインとなった。
 テリー・ヘイスト氏のスタイルに馴染みの薄い方のためにお話しすると、彼はこれまでのキャリアにおいて、アンダーソン&シェパードの柔らかい仕立て方、ハンツマンのかっちりした伝統的な作り、トミー・ナッターの華麗なスタイルをすべて会得してきた。
 現在の彼のカットはその真ん中あたりに位置するが、これまでの経験をうまく利用し、顧客の個人的な好みに合わせる能力を持っている。そして、ケント、ヘイスト、ラクターの3氏が結成したチームはどこにも負けない。ここの紳士服の仕立ては、すぐそばのサヴィル・ロウにはない陽気で自由なアプローチがある。
 サックヴィルストリートにある店舗はベーシックなつくりで、照明は蛍光灯、フローリングは合板で、装飾的なものといえば、フィッティングルームにあるジョン・ケント氏の王室御用達許可証くらいだ。
 しかし、ウェイ・コーの指摘を聞いてなるほどと思ったのだが、立派な店内装飾が価格に反映されているサヴィル・ロウと比べると、あれほどの仕上がりを実現するケント・ヘイスト&ラクターは、ほぼあり得ないほどリーズナブルな服を提供しているのだ。
 フィッティングに関しては、私の栄養摂取の方法が冬眠前のクマ並みなせいで、ヘイスト氏には誠に迷惑をかけてしまった(私がクマ並みなのは、2歳未満の子供がふたりいるうえ、昔から自制心に問題があるせいだ)。彼は悪くないし、私が自分で蒔いた種ではあるけれど、自分でも体重が増えるかどうか判断できない私に配慮して、彼は私のジャケットを少し大きめにカットすることを余儀なくされてきたのだ。本企画における最初のフィッティングで、彼はくだんのカット法を取り入れたのだが、幸いなことに、2度目のフィッティングでも私の体重は増えていなかったため、彼にお腹を優しくポンと叩かれずに済んだ。
 ヘイスト氏とフォックス ブラザーズ社の相互作用は、まるで服を通じたパ・ド・ドゥであり、ビスポークという変換の秘術が、しばしば筆舌に尽くしがたいほど見事であることを示している。数年前、ヘイスト氏は非常にざっくばらんな口調で、冒険心が足りませんね、ネイビーばかり選んでますよと私に言ってくれた。
 テリー・ヘイスト氏とフォックス ブラザーズの組み合わせを選んだことで、冒険のハードルはぐっと下がった。大胆なウインドウ・ペーンも、難なく着こなせそうな気がする。冒険は物理的ではなく心理的なものである。今回、完璧な素材と技術で作られたものに身を包むことによって、私はついに“自信”というものを手に入れることができたのだ。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 29

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