Thursday, January 16th, 2020

THE RAKE PERSONIFIED

小説家ジェイ・マキナニーのスタイル

『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』で80年代アメリカ青春小説の金字塔を打ち立てたジェイ・マキナニー。
彼が考えるライフスタイルは、誰もが豊かな人生において望むものばかりだ。
text wei koh

Jay McInerney / ジェイ・マキナニー
1955年コネチカット州生まれ。大学卒業後、地方紙の記者を経て、英語を教えるために日本に2年間滞在。帰国後にランダムハウス社で編集アルバイトをしていた頃、レイモンド・カーヴァーと知り合いになり、彼のもとで学ぶ。1984年に長編小説デビュー作『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』を発表。その文体の素晴らしさから「80年代のサリンジャー」と呼ばれた。

今回掲載する写真で着用しているアイテムは、すべて本人の私物。ビスポークのスーツはチフォネリ。ニットはジョン スメドレー。時計はパテック フィリップ。

 私はタバコが大嫌いなのだが、ニューヨークがひとつの巨大喫煙所だった時代が懐かしい。クールだった最後の時代が、ちょうどあの頃だったと思う。そう言えるのは、私がマンハッタン島で生まれ育った人間だからだ。今後、私がニューヨーク以上に愛する場所は地球上にはないだろう。歴史豊かな素晴らしき多文化都市ニューヨークで育ったことに感謝する。

 とはいえ、ニューヨークは生活費が高すぎてクールな人の住めない場所になってしまった。階級間の流動的な緊張関係や、高尚なものと不気味なもののせめぎ合い、神々しさと卑猥さの刺激的な組み合わせを失ったニューヨークは、文化的な鋭さもなくしてしまったようだ。

 かつては、天賦の才を売り物にするための意欲(ニーチェ哲学でいう超人の能力)のある者は、巨大で邪悪で美しいこの街に出てきたものだった。天賦の才とは、ファッションセンス、メンサも真っ青のIQ、天性の話術、美しい顔、抜きん出た色気などのすべてを持ち合わせていることだった。だがそんな時代は終わった。

 2000年以降は、北京や上海など、日々変貌する中国の都市が、西洋トップクラスの頭脳、野心、外見的魅力を備えた若者たちを引きつけてきた。彼らは急激に進化した都市こそが、その意欲を最大限かつ恒久的に生かせる場所だと理解し、大学で中国語の学位を取得したのだ。

 では、ニューヨークには何が残っているのか? 私は今でも、ブルジョア根性丸出しの得意満面な中年男として、いつか郷里へ帰ることを夢見ている。思い出はすべてニューヨークにあるからだ。伝説のナイトクラブの入場審査を14歳でパスしたこと。酒宴が繰り広げられるパブでゆったり座ったこと。CBGBでトーキング・ヘッズを見たことや、ピラミッド・クラブで異性装者とショット飲みしたこと。そしてヒップホップシーンが伝説的クラブのロキシーを乗っ取ったことも―。

『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』は、このニューヨークの黄金時代を詰め込み、鮮やかな心躍る舞台とした小説だ。かつて私が読んだ作品の中でも特に感動的かつ痛切な物語である。生み出したのは、ジェイ・マキナニー。彼をひと言で言えば同世代の代弁者である。つまり80年代ニューヨークの象徴なのだ。

 それだけにとどまらず、彼は脚本家でもあり、世界で最も尊敬されるワインのライター兼専門家のひとりでもある。料理や時計の製造技術に関する彼の知識は、私のそれとは比べものにならないほど膨大だ。そして彼の着こなし術も完璧である。

 このインタビューで私が徐々に気づいたのは、彼こそがTHE RAKE の精神を体現しているということ。つまり、若いときは大胆かつ懸命に生きるが、年齢を重ねるにつれて順応力、意志力、気概、そして気品に磨きをかけ、今日的な意義や説得力を持つ人間になるのを重んじることである。

 そして私はここで、当初の意見を撤回せねばならない。ニューヨークはやはり今でもクールなようだ。そうに違いない。なぜならそこにジェイ・マキナニーが暮らしているのだから。

本記事は2019年9月25日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 29

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