Monday, July 24th, 2017

THE SUMMER OF ’68

バルドーを射止めた男、ジジ

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1968年頃、バルドーとリッツィ

14歳で現るプレイボーイの片鱗「1968年、フランス人学生が国旗を燃やし大学を占拠していた頃、僕らは同調性に対抗すべく、僕らなりに戦っていた」と、リッツィは自叙伝『Io, BB e l’altro’68(原題)』に記している。シャンパンとキャビアに囲まれた華やかな生活は、生まれながら手にしていたものではなさそうだ。

 彼は1944年、連合国の空襲が激しさを増すなか、4人兄弟の3番目としてピアチェンツァで生まれた。父親はレンガ製造業を営んでいた。若き日のジジ・リッツィはすぐに、いわゆるブルジョアのしきたりに背くようになる。まずは14歳のとき、住み込みの家庭教師を口説き落とした。

 1960年代後半には、リッツィは仲間たちとともに、コート・ダジュールの至るところで大きな波を巻き起こしていた。なかでも、お洒落な街として新たに注目されたサントロペは特別だった。彼らは悪漢小説のような冒険を繰り広げていたのだった。「フェラーリもロールスロイスも持っていなかった」と、彼は後に書き残している。

「よく電車で出かけ、金がなくなったらどうにかして家まで帰っていたよ」

「あれは1968年のこと……」と、彼はバルドー70歳の誕生日に手紙を贈っており、その率直で哀愁に満ちた内容がコリエーレ・デラ・セラ紙で2004年に公開された。

「テーブルの上で僕は裸足で踊っていた。いつも勝つことばかり考え、明日への不安などなかった。当時24歳だった僕は、フランスのセレブ仲間の一員になったような気分で、ジョニー・アリディとコアントローを飲んだり、ジルベール・ベコーとサッカーを楽しんだりした。振り返ってみると、どれもサントロペの思い出ばかりだ。特に、君がレジタリアンの功績を称賛してくれたときのことは今でも忘れない」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 17
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