Monday, September 2nd, 2019

伝説のダイバーズウォッチ
MILITARY HERO: THE TORNEK-RAYVILLE TR-900

ベトナム戦争下のアメリカ海軍・海兵隊に支給された腕時計、「トルネク-レイヴィル TR-900」。
現在、世界で最も希少なダイバーズウォッチのひとつである。
text james dowling photography piers cunliffe, michal solarski/the watch club

 第二次世界大戦末期、アメリカは新型の戦車や軍艦、戦闘機を開発するよりも、核兵器の投入に全精力を注ぎ込んでいた。陸軍は核砲弾を発射できる榴弾砲のみならず、奇襲部隊が敵の背後に忍び寄る際に使用するリュックサック核爆弾も開発。空軍は爆弾を運ぶために爆撃機を投入し、防衛用の戦闘機に核弾頭を備えた空対空ミサイルを搭載した。さらに海軍は核武装する手段を必死で探した末、ドイツのV1ロケットの改良版を一部の潜水艦に搭載したが、これにも核弾頭が積まれる計画だった。
 こうした動きと並行して、従来の兵器は廃棄されつつあった。空軍の保有機の8割はスクラップと化し、海軍の航空母艦の3分の2も退役となった。物理的な面だけでなく、人員削減もより大胆に行われた。来たる将来の核戦争では、大規模な兵力はほとんど必要なく、第二次世界大戦中に創設された小規模な特殊部隊もあまり使い道がないだろうと考えられていたのだ。
 そうした特殊部隊の中に、海軍のUDT(Underwater Demorition Team、水中破壊工作部隊)があった。UDTが創設されたのは、連合国側にとっての第二次世界大戦が、1942年に北部アフリカで展開されたトーチ作戦から翌年のシチリア上陸作戦、1944年のノルマンディー上陸作戦に至るまで、すべて侵略戦争だったことが背景にある。奪還する必要のあった数十もの太平洋の島々についてはいうまでもない。連合国は地雷が埋設された占領下の領土に、とにかく軍隊を送り込む必要があった。そのため、上陸前にダイバーが浜を偵察し、障害物を見つけて地雷を解除し、戦闘車両が上陸できるかどうかを調べる必要が生じたのである。

潜水の発達と求められた時計

 大きな問題だったのは、海軍のダイバーが皆、重たいゴムの潜水服に鉛のブーツ、真鍮のヘルメットといった昔ながらの装備に身を包んでいたことだ。空気の補給はホースに頼っており、船体についたフジツボ類を取り除いたり、水中での修理作業に当たったりしていた。つまり、作業するのはドック内に船体があるときだけだった。そういったダイバーは浜辺では役に立たなかったため、新たな組織が創設されたのだ。新組織に属するダイバーは何十キロもの潜水服と錘の代わりに、海水パンツとフィン、マスク、腕時計だけを身に着けて海に入った。夜間に海へ投下され、正確な時刻に集合して迎えを待つため、時計が不可欠だった。
 当時は世界中を見渡しても、専門的なダイバーズウォッチを製造できる会社はパネライしか存在しなかったため、アメリカ海軍は自国の時計メーカーに協力を仰いだ。その結果として開発されたのが、いわゆるキャンティーン(水筒)・ウォッチである。直径わずか31mmの小型の腕時計で、巻き上げと時刻設定用のリュウズはパッキンの入ったねじ込み式キャップで保護されていた。このキャップの形状が水筒の飲み口を連想させたため、そのようなニックネームがついたのである。第二次世界大戦中に採用された腕時計の多くはキャリバー978を搭載したハミルトン製で、任務に合わせてスイープセコンドの秒針に変えたり、盗聴器を仕込んだりといった具合に改造されていた(キャリバーの名称は987Sに変更されている)。アメリカ海軍は50年代半ばになってもこの時計を発注し続け、60年代初頭までダイバーに支給していた。
 アメリカが核兵器を用いた最終決戦に備えていた頃、連合していたフランスとイギリスは、かつての植民地の独立紛争の渦中にあった。アメリカ統合参謀本部が認識していたところでは、フランスはインドシナの反乱軍に対し、第二次世界大戦の戦術を使おうとして敗戦。ほぼ同時期にイギリスはマラヤで勝利を収めている。アメリカはこうした状況から、中東やインドシナ、ラテンアメリカで共産主義者による反乱が広がっていることに気づき、手立てを講じなければと考えた。
 ケネディ大統領は1962年9月、アメリカが60年代末までに人間を月面に立たせると明言する有名な演説を行った。しかし、その3ヵ月前にニューヨーク州ウェストポイントの陸軍士官学校で、ケネディ大統領が卒業生に送った訓示についてはあまり知られていない。ケネディは、「もはや核の時代ではなく、むしろ反乱の時代である。アメリカ軍にはもっと特殊な戦力が必要である」と述べたのだ。それから数ヵ月後、米アメリカ軍はまさに特殊戦力を手に入れたのである。

モーリス・J・ジャック曹長が所有していたコンパス付きのTR-900。

退役後、30年に及ぶ海兵隊での軍務を詳述した著書『Sergeant Major, U.S.Marines』とTR-900。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 17
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