Wednesday, August 5th, 2020

THE LOVELIEST JOKE

ボンドのモデルとなった英国俳優

text stuart husband

 その頃のハリウッドは黄金時代の真っ只中。スタジオ・システムがスター映画を量産し、神格化された俳優や女優が次々と現れた。ニーヴンは徐々に役を任されるようになり、1939年の『ママは独身』や『犯人は誰だ』といった作品で主演を務めた。一方、彼の回顧録にびっしりと書かれているのは、酒盛りやヨットでの小旅行、そして新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの絢爛豪華な城で遊ぶ、といった思い出ばかりだ。

 やがて彼は『進め竜騎兵』(1936年)で共演したエロール・フリンとともに、ビバリーヒルズに立つ女優ロザリンド・ラッセルの家を借り、“独身男性の共同生活”をスタートさせた。ふたりはここでしばしば、フリンが北アフリカ旅行からたっぷりと持ち帰った麻薬を吸った。ニーヴンが2冊目の回顧録『Bring on the Empty Horses(原題)』で述べているように、フリンは女性たちを楽しませる準備として、よく自分のペニスの先端に“ひとつまみだけ”コカインを付けた。

 ニーヴンはその後、ハーストの愛人だった女優のマリオン・デイヴィスからサンタモニカのビーチハウスを借りる。どんちゃん騒ぎが最高潮に達したこの場所を、キャロル・ロンバードとケーリー・グラントは“Cirrhosis by the Sea(海辺の肝硬変)”と命名した。ニーヴン曰く「完璧主義者」で少々堅い性格のグラントは、非難を込めて命名したのかもしれない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 35
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