June 2019

Through the looking glass

ロスチャイルド家のパーティへようこそ

text stuart husband

ド・レデ男爵主催の仮装舞踏会に現れたロスチャイルド男爵夫妻。1969年、パリにて。

 マリー・エレーヌは、自らのために大きな犠牲を払ってくれた夫を、社交界の寵児へと押し上げていく。

 彼らはまず、戦争中にドイツ人が占拠していたシャトー・ド・フェリエールの改装に取りかかった。1959年、有名な舞踏会の第1回が開催された。このとき、シャトーは白い綿モスリンで覆われ、ダイヤモンドがちりばめられた巨大なクモの巣や、湖の上に浮かぶガレオン船を思わせるような装飾がなされていた。

 そして、冒頭のシュルレアリストのパーティと並び、最も有名となったのが、1971年の“プルーストのためのパーティ”である。『失われた時を求めて』の著者プルーストの生誕100周年を記念して開かれた舞踏会で、350人ものゲストが招かれた。

 コンソメスープ、山盛りのロブスター、鴨のフォアグラ詰め、プルーンジャムなどのご馳走が振る舞われた。テーブルの上には蘭の花が飾られ、ダイニングルームにはヤシの木が配されていた。

 参加したゲストは小説の登場人物に扮し、その様子を有名写真家セシル・ビートンが撮影した。ウィンザー公爵夫人は大きな青い羽根付きの帽子を被り、その夜ビートンに「狂気のゴヤ」とやや辛口に評された。

社交界のスター「彼女が心を決めたら、阻止できるものなど地球上に何ひとつない」と男爵も驚嘆したマリー・エレーヌの猛進のおかげで、ジョルジュ・ポンピドゥーから、ルドルフ・ヌレエフ、ジェーン・バーキン、セルジュ・ゲンスブールまで、ヨーロッパ中のセレブリティがこぞってフェリエールを訪れた。

 ギーはファッショニスタとしても有名で、アンダーソン&シェパードのスーツを颯爽と着こなし、1985年には世界のベストドレッサー・リストに選ばれ、殿堂入りしている。一方のマリー・エレーヌも、親友イヴ・サンローランのガウンを愛用し、いつも人々の注目の的だった。

 彼女は、社交界で最も影響力があるリーダーとなっていた。エリザベス・テイラーとともにロスチャイルド家の常連客だったリチャード・バートンは、マリー・エレーヌについて皮肉交じりにこう書き残している。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 15
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