Monday, July 20th, 2020

The Rakish ART ROOM Vol.08

貴殿も世界の名画オーナーに!
ピエール=オーギュスト・ルノワール

印象派の画家として、絵画の歴史に新風を吹き込んだピエール=オーギュスト・ルノワール。
晩年は南仏カーニュで、さらに自由で歓びに満ちた創作活動を繰り広げた。
text setsuko kitani cooperation mizoe art gallery

“肌着を直す若い娘(ルイーズ・ベンゼル)”印象派と距離を置いてから30年にわたり執着した優美な裸体像。若い女性が、画面には描かれていない野外の泉もしくは川で、水浴をしようとゆっくりと服を脱ぐ、親密で官能的な場面を描く。絵の具の塗り重ねと小さな筆跡が生み出した、生身の肉体を思わせる生き生きとした質感は、身体の感触をも想像させる。キャンバスに油彩 65×54.4cm 1905年制作 ¥850,000,000(税込価格) お問い合わせ:ザ・レイク・ジャパン info@therakejapan.com

「彼は、ほほえみを浮べ、われわれに目配せをする。草と、オリーヴの樹と、モデルと、彼自身とのあいだに打ち立てられた共犯関係を、われわれに知らせるためだ。しばらくすると、描きながら、鼻歌を歌い始める。ルノワールの幸福な一日が始まったのだ。まえの一日ともあとの一日とも変りのないすばらしい一日が」

『どん底』(1936年)や『河』(1951年)などの作品で知られる映画監督のジャン・ルノワール(1894-1979)。彼は、回想録『わが父ルノワール』の中で、印象派の巨匠で父のピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)が、草上のモデルを描く様を、生き生きと愛情をもって伝えている。

 ここで語られているのは78歳で亡くなったルノワールの晩年の姿である。《肌着を直す若い娘(ルイーズ・ベンゼル)》が描かれたのは、それより十数年前のことではあるが、このときもルノワールは、鼻歌を歌いながら幸せそうに絵を描いていたことだろう。なにしろ彼は、生涯にわたって「生きる歓び」を描き続けた、幸福の画家なのだから。

 とはいえ、ルノワール自身は、結構な苦労人である。彼は19世紀半ば、陶磁器で有名なフランス中西部の町リモージュに生まれた。父は仕立て職人、母はお針子という家庭に育ったルノワールは、13歳のときに陶器の絵付け職人に弟子入りし、以後も扇子の図案描きや窓の日よけの装飾などを生業とした。

 しかし画家になる夢を捨てきれず、スイスの画家シャルル=グレールのアトリエに入門。そこで後の印象派のメンバーとなるモネやシスレーらと知り合い、見事国立美術学校にも合格する。その後はモネをはじめとする仲間たちと貧乏をともにしながら、印象派展の開催にこぎつけ、37歳のときにはサロンにも出品。印象派の中ではいち早く生活苦から脱出した。

 ところが1897年、56歳のとき、妻の実家のあるエソワで自転車から落ち、右腕を骨折したことをきっかけに慢性関節リウマチを発症。以後78歳で亡くなるまでの22年間、リウマチの痛みに耐えながら絵を描くのである。

ピエール=オーギュスト・ルノワール / Pierre-Auguste Renoir (1841-1919)モネと並ぶ印象派の巨匠。10代の頃は陶器の絵付けなどをしていたが、画家を目指して絵画を学ぶうちに、モネやシスレーなど後の印象派のメンバーと出会い、印象派展などで活躍。その後サロンでも高い評価を得て、晩年は生気と官能性をたたえた豊潤な裸婦の姿を数多く描いた。代表作は《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》(1876年、オルセー美術館)など。©Aflo

本記事は2020年5月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 34

1 2 3

Contents

<本連載の過去記事は以下より>

貴殿も世界の名画オーナーに! 坂本繁二郎

貴殿も世界の名画オーナーに!

貴殿も世界の名画オーナーに! ジャスパー・ジョーンズ

貴殿も世界の名画オーナーに! フェルナン・レジェ

貴殿も世界の名画オーナーに! パウル・クレー

貴殿も世界の名画オーナーに! モーリス・ユトリロ

今買える、世界の名画 Vol.07 クロード・モネ

今買える、世界の名画 Vol.06 アルベルト・ジャコメッティ

今買える、世界の名画 Vol.05 パブロ・ピカソ

今買える、世界の名画 Vol.04 アンリ・マティス

今買える、世界の名画 Vol.03 モイーズ・キスリング

今買える、世界の名画 Vol.02 ワシリー・カンディンスキー

今買える、世界の名画 Vol.01 マルク・シャガール