The LAST TYCOON
最後の大君
ロバート・エヴァンス
October 2020
だがエヴァンスは、こうした高い売り込み能力だけでなく、感情の真実を捉える超人的能力も持っていた。ヴァニティ・フェア誌が“マルセル・プルーストの質問表”で聞き出したエヴァンスの好みは、ヒーローものだらけの映画界をめぐる今日の議論を予感させる。「機械には興味がない。火星にも興味がない。感情が好きなんだ。どう感じるかがね」。彼は高尚な文化と大衆文化を融合させる名人でもあった。好きな架空のキャラクターとして挙げたのがドン・キホーテとポパイだったことも、それを象徴している。
フィッツジェラルドは、若くてこだわりの強い映画会社のリーダーを描いた未完の実話小説、『最後の大君』でこう述べている。「作家は厳密には人間とは違う。あるいは、いくらか有益であるとすれば、作家というのはひとりの人物になろうと必死な人間の群れなのだ」。俳優、プロデューサー、一夫多妻者、寝取られ男、犯罪者、社交界の名士、隠者、栄枯盛衰の経験者など、さまざまな顔を持っていたロバート・エヴァンス。それらはいずれ劣らぬほど注目され、時間とともに洗練されていった。だが、初期の成功がかすんでしまうような失敗をしても、優雅さと機知と辛抱強さで乗り切る能力はいつまでも変わらなかった。フィッツジェラルドが『夜はやさし』で書いたように、「一度の失敗を最終的な敗北としてはならない」のである。