Thursday, September 24th, 2015

Sex, Drugs and Moroccan Roll

—背徳の街に集ったセレブリティたち−
ソドムとゴモラに始まり、バビロンなどに代表される悪徳の街。人類の歴史には、
快楽主義的な人間のたまり場が数多く見られる。1960年代、ジェットセッターや
セレブリティたちが集っていたモロッコも、そんな場所の一つだった。

by nick foulkes

タンジールに魅せられた
レディたち
 貴族階級の移住者の典型例が、レディ・ウォーバンクスだ。若きカポーティによれば、彼女はタンジールに安息の場所を見つけたという。街中で2 人の恋人と一緒に、タコのフライとペルノの朝食を楽しんでいる姿がよく見られた。
「レディ・ウォーバンクスは、ロンドン一の美人といわれていた。おそらくそれは本当だろう。彼女の目鼻立ちは整っており、きついセーラー服を無理やり着てはいるものの、生まれ持ったスタイルのよさを感じせるものだった。しかし、彼女のモラルは決してよいとはいえない。しかも、同じことは2人のお供にもいえる。1人は生意気そうな顔つきのおせっかいな若者で、その舌はまるで“スキャンダルの大釜を引っかき回すひしゃく”のようだった。彼は何にでも首をつっこみたがった。そして、もう1人はけんかっ早いスペイン人の少女で、髪は短く、瞳は革色。彼女はサニーと呼ばれており、私が聞いたところによれば、レディ・ウォーバンクスの資金援助を受け、モロッコの密輸組織で唯一の女性団員になろうとしていた。ここでは、密輸は人気の職業で、雇われている人間は数百人いる。サニーは、毎晩海峡を渡ってスペインへ行くボートとクルーを持っているそうだ。3人のお互いの関係については、とても活字にはできない。とにかく、この3人の間にはありとあらゆる悪行が詰まっている、といえば十分だろう」とカポーティは記している。
 ウールワースの遺産相続人で、かわいそうな金持ちの少女の典型ともいえるバーバラ・ハットンもまた、タンジールに魅せられた1人である。彼女の“シディ・オスニ”という邸宅は、ムーア様式の幻想的な建物で、輝くタイルの壁、複雑なしっくいの彫刻、穴の細工を施した木の間仕切り、水の音が響く噴水、ビジュー付きのクッションがいくつも置かれた、背の低い寝椅子などがしつらえられていた。
 夫妻は勝訴したが、ハッチソンは干されることとなる。相変わらず、コンサートホールと女性の寝室の両方でパフォーマンスを続けていたが、報酬はどんどん下がっていった。1969年に69歳で亡くなったとき、ハッチソンは一文無しだったという。


ゴミ箱に成り下がった街 ハイソサエティと低いモラル、ホットなゴシップ、そしてセックスとドラッグの誘惑。すべてをミックスしたこの街は、カポーティをはじめとした多くの人間にとって、たまらなく魅力的だった。とはいえ、すべての人が魅了されていたわけではない。
「街はペンキがはげ、通りには唾やおしっこだけでなく、もっとひどいものまで落ちている」と、イアン・フレミングは述べている。『007』シリーズの作者である彼は、タンジールに住む人間に対して否定的だったのだ。
「アラブ人は下品で、ヨーロッパ人全員のことを嫌っている」とも述べていた。
 そんなフレミングだが、少なくとも他人と自分の両方に対して公平な見方をしており、自分自身についての評価も厳しい。「自分は面倒なことが大嫌いな人間」で、「悪口を言うか花をいじる以外、何もやることがない」と告白している。
 フレミングがタンジールを訪れたのは、この都市が主権国家となったモロッコに再統合された翌年のことだ。モロッコ政府もまた、フレミング同様に、ヨーロッパ人やアメリカ人のゴミ箱に成り下がったこの
街に対して批判的だった。
 モロッコの独立後、タンジールの街は急速に浄化されていく。それでも1960年代までは、悪いうわさは依然としてちらほら聞かれた。
 イギリスの悪名高いギャングスター、クレイ兄弟が“ブルース・ブラザーズみたいな”スーツを着て、頭にハンカチを結び、パンツの裾をロールアップした姿でビーチにいるのも目撃されている。ロニー・クレイは、未成年のゲイのセックス相手をあさりに来ていたのだ。
 80年代後半には、マルコム・フォーブスが盛大なパーティを開催し、エリザベス・テイラーからヘンリー・キッシンジャーまで、ありとあらゆる人を招待していた。

タンジールでの休暇を終えたアメリカ人セレブ、バーバラ・ハットンと、ドイツ人テニスプレーヤーのゴットフリート・フォン・クラム。1955年撮影。

マルコム・フォーブス70歳の誕生パーティに登場したモロッコ人騎手たち。タンジールのカントリークラブにて。

ジョヴァンニ・アニェッリ、オスカー・デ・ラ・レンタ、ピエール・アニェッリ、アネット・リード。タンジールで開催された、雑誌発行人マルコム・フォーブスの70歳の誕生パーティにて。1989年撮影。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 05
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