Sunday, October 13th, 2019

WHEN EDEN ROCKED
楽園の終わり

太陽が昇り、楽園に新たな朝が来る。
特別なことは何もしないけれど、どこまでも優雅な最高の一日が始まる。
ジェットセッターの最盛期は民間航空機の普及によって終わりを告げたが、
ロマンチストの目には在りし日のアリ・カーンやアニェッリ、コール・ポーターが
夏のコート・ダジュールに残した華やかな夢の跡が見えるだろう。
text nick foulkes

 月面着陸、チャールズ・マンソンによる殺人事件、ウッドストック・フェスティバル、ベトナム戦争……1969年の夏はそう退屈ではなかった。宇宙服を着たミシュランマンのような宇宙飛行士たちが月面に立つ姿をとらえた不鮮明な映像から、目を見開いた殺人鬼、ヒッピーだらけの光景、そしてインドシナからヘリコプターのプロペラ音を交えて死や破壊の実態を毎夜報道するテレビ番組まで、当時のイメージは人々の意識に刻み込まれている。
 こうしたイメージには、他の写真が霞んでしまうほどのインパクトがある。ジェットセッターのライフスタイルを撮影した写真で知られるスリム・アーロンズが1969年の夏に撮った1枚(P145を参照)はそれほど注目を集めなかった。この作品のスタイルや被写体、ロケーションはアーロンズらしいものの、彼の代表作にはない自然さがある。ポーズをとる上流階級の有名人が写っていないのだ。
 手前には、リヴィエラのユニフォームともいえるホワイトパンツにボーダーTシャツを着たウェイターが、ドリンクをのせたトレイを持って身をかがめている。その前にはマットレスに寝そべる3人。ジントニックを受け取る女性に、白のショートパンツを穿いて横たわる男性。こんがり焼けた体にサイケデリックプリントのビキニをまとった女性は真っ赤なドリンクが入ったグラスを持ち上げている。カメラから顔をそむける彼女の視線をたどれば、マットレスやデッキチェア、パラソルが連なり、その先には赤レンガ屋根のエデンロックが見える。パラソルが並ぶテラスはちょうどランチタイムで、朝から太陽を浴びてビタミンDの吸収に余念がなかった腹ペコの客がテーブルを占拠している。
 宇宙飛行士が遥か彼方の惑星を歩き、兵士が遠く離れた地で死に瀕し、気の狂ったカルト集団のリーダーを信奉するジャンキーが大量殺人に手を染め、50万人ものヒッピーが耳をつんざくような音楽に合わせて畑や農地の泥の中で踊っていた頃、地上のどこよりもエクスクルーシブなリゾートでは何もかもが普段通りだった。太陽が昇り、楽園に新たな朝が来る。日光浴にスイミング、そして何もしないという最高の贅沢……どこまでも優雅な最高の一日が始まる。エデンロックという名の通り、そこは楽園のように平和で、堕落する前のように無垢だ。手に負えない人生の悩みも、背の高い生け垣やゲートの中までは入ってこられない。
 地中海の太陽を浴びてまどろむゲストたちはジミ・ヘンドリックスやクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの楽曲には詳しくないが、1969年にヒットした別のナンバーならわかるだろう。
 ピーター・サーステッドの『Where Do You Go To My Lovely?』はマリー・クレールという架空の少女に向けて書かれた曲だ。彼女はマレーネ・ディートリッヒのようにハスキーな声とジジ・ジャンメールのようなダンスの才能を持ち、バルマンのオートクチュールをまとい、髪にジュエリーをあしらっている。ソルボンヌで学び、大使館のレセプションでは数カ国語を流ちょうに操る。サン=ミッシェル通りに面した彼女のアパートには、ピカソからくすねた絵画が飾られているけれど、アガ・カーンから贈られた競走馬は置かれていない。彼女は一年を通して、しかるべきときに、しかるべき場所で、しかるべき相手といるようにしているので、夏はリヴィエラで過ごす。今では、それなりにまともな海岸沿いならどこでもリヴィエラと呼ばれるようになったが、半世紀前にそう呼ばれたのは地中海沿岸だけだった。

When you go on your summer vacation
(夏のヴァカンスになれば)
You go to Juan-les-Pins
(きみはジュアン・レ・パンへ行く)
With your carefully designed topless swimsuit
(デザインの凝ったトップレスの水着を着て)
You get an even suntan on your back, and on your legs …
(背中も脚もきれいに焼くんだ)

 このナンバーは、ジェットセッター最盛期の優雅で華やかな様子を描く一方で、終わりが近づいた日々を名残惜しむ讃美歌、そして哀歌でもあった。

アンティーブのオテル・デュ・カップ・エデンロックでヴァカンスを楽しむ人々。スリム・アーロンズが1969 年に撮影。

少年時代のカリム・アガ・カーン4世。シャトー・ド・ロリゾンのプールから海に飛び込む滑り台の上で(1948年)。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 30
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