Thursday, September 24th, 2015

Sex, Drugs and Moroccan Roll

—背徳の街に集ったセレブリティたち−
ソドムとゴモラに始まり、バビロンなどに代表される悪徳の街。人類の歴史には、
快楽主義的な人間のたまり場が数多く見られる。1960年代、ジェットセッターや
セレブリティたちが集っていたモロッコも、そんな場所の一つだった。

by nick foulkes

第2幕はマラケシュで しかしながら、ヨーロッパ上流階級のモロッコ熱の第2 幕が繰り広げられたのは、タンジールの南西およそ600キロに位置する、王室と宗教の古代都市マラケシュだった。
 ジョン・ポール・ゲッティ・ジュニアと妻のタリサ・ポルは、マラケシュの“デラックスなヒッピー界”に君臨する司祭だった。2人は万華鏡のように多種多様な才能、博識を持っており、音楽や文学に傾倒していた。ほとんど知られていなかったモーツァルトのオペラ『牧人の王』のような楽曲や、クリストファー・ローグの詩のレコーディングにも携わっている。本が好きで、工芸品のような古い装丁にも入れ込んでいた。
 2人のモロッコでの隠れ家は、もともと19世紀に王族のために建てられたもので、部屋や間仕切り、秘密の出入り口、噴水などが迷路のように配置されていた。
「鮮やかなオレンジウッドと、ほのかに漂うローズ、ミント、スパイスの香り。木の葉の擦れ合う音や噴水の音、シュトラウス、ワグナー、ビートルズの音楽、カナリア色に輝く壁、真ちゅう製のテーブル、揺らめく炎の影。象眼細工の天井。光沢のあるアシッドグリーン、なす紺、藤色のタイル。キリスト教徒の奴隷が1 世紀前に作った刺繍入りクッション――このマラケシュの邸宅は五感を刺激する」と60年代末にヴォーグ誌は書き記している。
 ゲッティはここで、マリファナやハシシの香りに包まれながら我を忘れ、自分が世界一の金持ちの息子であるという悪夢を、つかの間忘れることができた(彼の父親であるジャン・ポール・ゲッティは、大富豪の石油王でありながら、来客用に公衆電話を設置するほど、非常にケチな男だったという)。
 タリサは、誰もが逃げ出したくなるほどのつらい幼少期を送った。ドイツ人画家の娘として生まれ、第二次世界大戦中、日本統治時代のバリ島で育った。捕虜収容所で暮らした記憶は、いつまでも心から離れることはなかった。
 このつらい体験の傷が癒えぬまま、母親は戦後すぐに亡くなり、父親はオーガスタス・ジョンの娘であるポペット(1930年代にタンジールでよく姿を見せていた)と再婚する。このおかげで、タリサはロンドンの芸術界や社交界に仲間入りし、そこでの生活を満喫していた。
 1965年には、タトラー誌のガール・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。セクシーな魅力にあふれ、その色気にはルドルフ・ヌレエフも夢中になった。
 タリサは「男をくぎづけにする魅力をすべて兼ね備えている」といわれたが、ゲッティもそんな彼女にくぎづけになった1人だ。2人は1966年12月にローマで結婚。新婦は、ミンクでトリミングされた純白のミニドレスを身にまとった。

放浪者カップルのある1日
「1日はピクニックで幕を開ける。アトラス山脈の滝の近くにある平らな岩盤の上で、巨大なオニオンタルトを楽しみ、エンターテイナーやダンサー、曲芸師、ストーリーテラー、占い師、マジシャンたちを大勢連れて帰ってくる。締めくくりは壮大なディナーだ。友人を家いっぱいに招き、キャンドルの明かりの中、バラやミントに囲まれながら食事を取るのだ。バックには『サロメ』が流れ、ヘビ使いはヘビを操り、ティーボーイは、ミントティーと火のついたキャンドルが置かれたトレーを足の上に載せバランスを取っている」
 ジェットセットな放浪者カップルは、ヒッピーの聖地を訪ねる旅にも出かけた。カトマンズ、ニューデリー、バリ、バンコクを巡り、マラケシュの快楽の家を埋め尽くすガラクタをお土産に帰ってきた。本人たちは、従来とは違う新しい生き方を模索しているつもりだったかもしれないが、ヴォーグ誌は、そんな2人の生き方を「行き先のない旅」と評した。

時代のミューズだったタリサ
「ここでは、どれだけ素敵な格好をしても、変わった格好をしてもいいの」とタリサは言う。
「マラケシュでは誰もが美しく見えるから」
 たしかに、彼女は美しい。長いストレートのダークヘア、際立つ高い頬骨、シミひとつない額に引き寄せられたかのように弧を描く上品な眉、コール墨のアイラインがよく似合う彫りの深い目元など、彼女のルックスは時代のテイストに合っていた。
 ヴォーグ誌がマラケシュの豪邸の屋上で撮影した写真には、あり余るほどのクッションにもたれ掛かってくつろぐ彼女の姿がとらえられている。その背後に写るのは、花柄のドレッシングガウンのようなものに身を包み、ナトリウム色のサングラスをかけた愛妻家の夫。くぎづけと呼ぶのにふさわしいポーズで写っているが、間の抜けた印象は拭えない。
 今や一般的になった「ミューズ」という言葉も、本来はタリサとデザイナーのイヴ・サンローランの関係だけを示すものだった。サンローランもまた、60年代後半にマラケシュに家を買った1人だ。彼は後にこう語っている。
「タリサ・ゲッティと知り合って、私のビジョンは180度変わりました」
 サンローランの恋人でビジネスパートナーでもあるピエール・ベルジェによれば、イヴとタリサは、「同じ才能を持ち、人生の考え方が同じで、振る舞いも似通っている」とのことだ。
「それは、デカダンス。つまり、バーン=ジョーンズとロセッティを混ぜ合わせたものなんだ」と彼は言う。
「彼らにとって、自分以外の世界はすべて四角なのです」

双子のクレイ兄弟、レジーとロニー。1960年代に撮影。

リズ・スミス、バーバラ・ウォルターズ、マーヴ・アデルソンとその他ゲストの面々。

ポール・ボウルズ。

ウィリアム・F・バックリー・ジュニア。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 05
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