LA BELLE ET LABÊTE
セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの物語
フランス一純粋で、淫靡だった2人
July 2015
洗練された2人は、衣装面でも感情面でも、互いを完璧に引き立てていた。
愛の終わりと死 交際開始から10年が過ぎても、バーキンはゲンズブールを深く愛していたが、彼との暮らしはアルコールによるトラブルの連続で、ついには彼女の手に負えなくなった。
バーキンはゲンズブールと別れて、映画監督のジャック・ドワイヨンと交際を始めた。バーキンに去られたゲンズブールは、ひどくショックを受けたが、彼女との打ち解けた関係は変わらなかった。ついにはバーキンの新しいパートナーとさえ親しくなるほどだった。
ドワイヨンとバーキンの娘、ルー・ドワイヨンが誕生したときも、ゲンズブールはアメリカの病院に巨大な包みを送った。中には彼がルーのために買ったたくさんの服とともに、“Papa Deux(2番目の父)”と書かれたカードが入っていた。
ゲンズブールが家族と暮らしたヴェルヌイユ通りの家は、こうして彼1人の家になった。1991年3月2日に、62歳で息を引き取った場所も、やはり自宅であった。彼の遺体は、人生最後の10年をともに過ごしたバンブーによって発見された。
彼の死を知ったバーキンは大きな衝撃を受けたが、彼女の悲しみは、2日後に父親まで亡くすことにより、いっそう深まることになる。ゲンズブールと最も近い関係にあった4人の女性̶̶̶バーキン、バンブー、シャルロット・ゲンズブール、ケイト・バリーは、彼との別れを惜しみ、寝室に横たわる亡骸を4日間にわたって徹夜で見守り続けた。
ついに彼を葬るべきときが来ると、バーキンはモンパルナス墓地の一角を埋葬場所に選んだ。この墓地には、シャルル・ボードレール、ジャン・ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、マン・レイ、コンスタンティン・ブランクーシといった、多くの芸術家や知識人が埋葬されている。
生涯最愛の人を亡くしたバーキンは、何か大切なものを棺に納めなくてはならないと感じ、子供の頃から一番大切にしてきたフェルト製のサルのぬいぐるみ、“マンキー”を棺に入れたという。
ゲンズブールが愛した一足
Repetto[Zizi]
レペット[ジジ]
レペット独自の“スティッチ&リターン”製法で作られたゴートスキン製の1足。靴を裏表にした状態で縫った後にひっくり返すという手法により、しなやかさと快適さを最大限に引き出した。「ジジ」という名は、創始者であるローズ・レペットが、ダンサーであった義理の娘 ジジ・ジャンメールのためにこの靴をデザインしたことに由来する。¥38,000 Repetto
本記事は2015年1月24日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 02