Monday, July 6th, 2015

LA BELLE ET LABÊTE

セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの物語
フランス一純粋で、淫靡だった2人

by joycelyn shu

そして恋に落ちた2人 ゲンズブールの超然とした態度に興味を抱き、もっとよく知りたいと思ったバーキンは、彼とのディナーの席を設けた。そこで彼女は、不快に感じていた彼の振る舞いが、実は極度に恥ずかしがり屋な性格から来ていることに気づいた。

 この初めての夜を、2人は踊り、遊び歩き、あちこちのナイトクラブを回って過ごした。そして、たどり着いたヒルトンホテルで、何事もなく1日を終えた(といわれている)。ゲンズブールが部屋に着くなり、さっさと眠ってしまったからだ。

 この日以来すっかり親密になった2人は、小旅行先のベネチアで本当にお互いに夢中になった。ベネチアでは、まるで魔法の宮殿のようなグリッティ・パレスに泊まり、毎晩ハリーズ・バーに入り浸ったという。

 パリに戻った2人は、左岸の代表的ホテルであり、洗練されたボヘミアン・コミュニティの中心地である“ロテル”に仮住まいをした。このホテルは、オスカー・ワイルドが最後の日々を過ごし、「私は身分不相応な死に方をしている」という言葉を残した素晴しい場所である。

 その後2人は、1970年に、7区のサンジェルマン大通りから数ブロック離れた場所にある、ヴェルヌイユ通り5番地の小さな家へ引っ越した。

 選り好みが激しく、 さまざまなものを管理したがったゲンズブールは、自分自身ですべての家具を選び、あらゆる装飾品を念入りに吟味した。例えば、パリにあるサルバドール・ダリのアパートで見た黒いアストラカンに触発された彼は、壁を覆うための黒いフェルトの種類に異常にこだわった。

 ゲンズブールとバーキンの娘であり、名女優として知られるシャルロット・ゲンズブールは、父親が礼儀作法、特にテーブルマナーを重んじていたという。メインの応接室ではおもちゃで遊ぶな、家の中のものは一切移動させるな、ときっぱり宣言するほど厳しかった。ごく小さい物が髪の毛1本分ほど移動しただけでも、彼は気づいたという。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 02
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