December 2019

WEAVING STRAW INTO GOLD

フォックス ブラザーズこそ、一生モノである

text tom chamberlin
photography kim lang

ハーフベルトを縫い付けて、ジャケットに最後の仕上げを施すヘイスト氏。

 現在の彼のカットはその真ん中あたりに位置するが、これまでの経験をうまく利用し、顧客の個人的な好みに合わせる能力を持っている。そして、ケント、ヘイスト、ラクターの3氏が結成したチームはどこにも負けない。ここの紳士服の仕立ては、すぐそばのサヴィル・ロウにはない陽気で自由なアプローチがある。

 サックヴィルストリートにある店舗はベーシックなつくりで、照明は蛍光灯、フローリングは合板で、装飾的なものといえば、フィッティングルームにあるジョン・ケント氏の王室御用達許可証くらいだ。

 しかし、ウェイ・コーの指摘を聞いてなるほどと思ったのだが、立派な店内装飾が価格に反映されているサヴィル・ロウと比べると、あれほどの仕上がりを実現するケント・ヘイスト&ラクターは、ほぼあり得ないほどリーズナブルな服を提供しているのだ。

 フィッティングに関しては、私の栄養摂取の方法が冬眠前のクマ並みなせいで、ヘイスト氏には誠に迷惑をかけてしまった(私がクマ並みなのは、2歳未満の子供がふたりいるうえ、昔から自制心に問題があるせいだ)。彼は悪くないし、私が自分で蒔いた種ではあるけれど、自分でも体重が増えるかどうか判断できない私に配慮して、彼は私のジャケットを少し大きめにカットすることを余儀なくされてきたのだ。本企画における最初のフィッティングで、彼はくだんのカット法を取り入れたのだが、幸いなことに、2度目のフィッティングでも私の体重は増えていなかったため、彼にお腹を優しくポンと叩かれずに済んだ。

 ヘイスト氏とフォックス ブラザーズ社の相互作用は、まるで服を通じたパ・ド・ドゥであり、ビスポークという変換の秘術が、しばしば筆舌に尽くしがたいほど見事であることを示している。数年前、ヘイスト氏は非常にざっくばらんな口調で、冒険心が足りませんね、ネイビーばかり選んでますよと私に言ってくれた。

 テリー・ヘイスト氏とフォックス ブラザーズの組み合わせを選んだことで、冒険のハードルはぐっと下がった。大胆なウインドウ・ペーンも、難なく着こなせそうな気がする。冒険は物理的ではなく心理的なものである。今回、完璧な素材と技術で作られたものに身を包むことによって、私はついに“自信”というものを手に入れることができたのだ。

完成品を身に着けたトム・チェンバリン。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 29
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