VULTURE CAPTALISM
生涯を動物学に捧げた大富豪
第2代ロスチャイルド男爵
January 2020
飼育していた200歳のゾウガメ“ロトゥマ”(体重約136kg)の背に乗るウォルター。レタスの葉で不機嫌なカメを刺激しながら、一族の敷地内をのしのしと移動している様子。
バッキンガム宮殿では、長い歴史の中で変わった光景が繰り広げられてきた。2012年にはクイーンのブライアン・メイが屋上でパフォーマンスを披露したが、20世紀初期のある出来事には敵うまい。3頭のシマウマと1頭のポニーが引く馬車が、宮殿の門前に停まったのだ。
手綱を操っていたのは、第2代ロスチャイルド男爵ライオネル・ウォルター・ロスチャイルド。彼は、“人はシマウマを飼い馴らせない”という常識の誤りを証明すべく、自身の町屋敷からシマウマたちを走らせてきたのだった。ヴィクトリア女王時代の著名人には、珍しいペットを飼う者も多かった。例えば、ラファエル前派の画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティはウォンバットを飼っていたし、博物学者のリチャード・ベルはエミューやカメ、サルを飼っていた。
だがウォルターは別格だった。最盛期には30万点の鳥の皮、200万点以上のチョウ、3万点の甲虫、さらに彼自身によれば、「野生の馬、ロバ、人に馴れたオオカミ、エミュー、アメリカダチョウ、ヒクイドリ、野生のシチメンチョウ、ハゲコウ、ツル、ディンゴ、カピバラ、センザンコウ、数種のシカ、キーウィの群れ、ハリモグラ、ゾウガメ、サル、そして比較的希少性の低い種も多数」含まれていたという。
彼のコレクションは、私人の収集量としては史上最大だった。5本の角を持つ「ロスチャイルドキリン」というキリンの亜種をはじめ、153種類の昆虫、58種類の鳥、17種類の哺乳動物、3種類の魚、3種類のクモ、2種類の爬虫類、1種類のヤスデおよび蠕虫(ぜんちゅう)が彼の名にちなんで名づけられたほどである。
馬車に繋がれたシマウマという驚くべき光景を目にした宮殿の見物人たちは、シマウマだけでなくウォルター自身もかなり珍しい存在であることに気づいただろう。彼はクマのような外見だった。身長およそ190cmの逞しい体格で、頭髪は少ないが豊かな口髭を蓄えていた。服装は、乗馬用の上着にズボン、乗馬靴、シルクハットという馬を連想させるスタイルだった。
一方で、彼の物腰には生来の内気さと生涯にわたる発話障害のために、ためらいがちで遠慮深いところがあるなど、ナマケモノを思わせるような特徴があった。