May 2022

THE FIRST AND LAST GENTLEMAN

最初で最後のジェントルマン、エディンバラ公爵フィリップ殿下

2021年4月に薨去(こうきょ)されたエディンバラ公フィリップ殿下は、しなやかで誠実、かつ先進的な博識家であり、旧態依然とした王室を20世紀へと牽引してみせた。
殿下の魅力的な人生を回想する。
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Prince Philip, Duke of Edinburgh / 英国王配エディンバラ公フィリップ殿下1921年、ギリシャのアンドレアス王子の一人息子として生まれる。グリュックスブルク家は欧州の複数の王室・皇室と血縁関係にあったが、政変後のギリシャを追放され、移住を繰り返す。スコットランドの寄宿学校を卒業し、英国海軍に従軍した後、英国王室のエリザベス王女と結婚。重責を担う女王に常に寄り添い、「開かれた王室」の実現に尽力された。

 私は数年前、バッキンガム宮殿で開かれた英国王室のクリスマスパーティに招待された。手振りで迎えられ門をくぐり、中庭を抜けて神聖な区域に足を踏み入れる最初のスリルを味わった後、徐々に不自然な感覚が膨らみ始めた。宮殿の内装は、金ピカのトラストハウス・フォルテ(かつて存在した高級ホテルチェーン)のようだった?― 確かにそうだった。私は本物のフェルメールの絵画のそばで、キールロワイヤルのグラスを片手に立っていた?― 確かに立っていた。ボールルームでオーケストラを指揮する人物は、かつての子ども向け番組『ウォンブルズ』のマエストロ、マイク・バットだった?―そうだったかもしれない。

 日が暮れてまもなく、出席者たちにざわめきが起こり、整然とした列ができた。王室一家が挨拶回りをしているのだ。私は部屋の隅にいたのでその様子ははっきり見えていなかったが、突然、完璧なタキシードの装いのフィリップ殿下が酒をがぶ飲みしながら(それ以外に言いようがないのだ)、こちらへやってきた。「さて」。殿下は挨拶の代わりにこう言った。「最近は何に勤しんでいる?」

 私はてっきり「はるばる来たのかね?」といったありがちな質問を予想していた。しかしこれこそが殿下流の投げかけであり、実務的手腕であり、目的だったのだと、今ならわかる。おかげで私は、「1日の大半を費やして玄関先のチリマツの木にクリスマスの電球を取り付けています」と答えることができた。すると殿下は、「あれは尖っているからねえ」と言ってうなずき、チリマツの木の属(ナンヨウスギ属)や原産地(チリまたはアルゼンチン)、雌株の球果が破裂して広範囲に種を撒き散らすその性質に至るまで、詳しく語ってくれたのだ。「頑張って。それから切り刻まれないように」。オーケストラがアバのメドレーの演奏を始めると、殿下は目の前に並ぶ期待に満ちた人々の方に意識を向けた。

 これが「ファースト・ジェントルマン」であり、疲れ知らずの王配であり、自ら皮肉を込めた「メインイベントの前説」という役割を数十年もの間、完璧なまでに磨き上げてきた、エディンバラ公フィリップ殿下の姿である。

ゴードンストウン校での競争中に、スパイクをチェックするフィリップ殿下。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 43
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