Tuesday, June 30th, 2020

FIRE in his BELLY

怒りのビリー・ジョエル

text james medd

 バンドで演奏すると、女の子たちが自分を別の眼差しで見ていることに気がついた。ビリーは女に夢中になった。やがてサイケデリック・ブームの壁にぶつかった。彼にドラッグは効かなかったし、ラリって書いた歌には何の価値もないと思っていた。

 アッティラの失敗は、彼が流行を追っても成功できないという証しだった。アッティラ解散後、ビリーは1971年にソロデビューするが、ファーストアルバムは酷いものだった。彼は仕方なくロサンゼルスに移住し、ビル・マーティンの名で日雇いのライブ活動をした。

 そこでビリーは自分自身を見つけたのか、もしくは幸運にも誰かにその才能を見いだされたのか。しがない生活をしている間に練られた素晴らしい内容を収録したセカンドアルバム『ピアノ・マン』は大成功を収め、彼の才能を証明するものとなった。

 ひとつの物語を歌った詞、メロディーとメランコリーにフォーカスした楽曲には、彼の心情の重要な要素である“怒り”の表現が見て取れる。家庭での抑圧、貧困、ユダヤ人差別がその怒りの理由であると彼は言う。

「お前には何もない。郊外にいるお前は無価値だ。お前は平凡で、退屈なのだ」

 収まることのない怒りは、彼のすべての曲に共通するテーマであり、ポップでキャッチーな曲にエッジを効かせる秘密の成分だった。

 劣等感からくる怒りは音楽以外でも噴出していた。ビリーは1970年に自殺未遂をした後、精神病院に入院している。今ではそれをキャリアの低迷として卑下して笑うが、2000年代に9.11に起因する鬱症状をアルコールで解決しようとした自分をも非難する。

 同じ頃には女性問題も絡み、3度の交通事故を起こしている。アルコール依存症のリハビリも2度試み、2009年にはエルトン・ジョンら友人が彼を助けようとした。しかし、長年のツアーパートナーでもあったエルトン・ジョンがビリーのアルコール依存を公にすると、ふたりは仲違いしてしまった。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 34
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