COSTUME DRAMA

謎の大富豪が主催した仮面舞踏会

November 2016

text nick foulkes

ジーン・ティアニーは15ドルの小作農の衣装で到着。

語り継がれた伝説の舞踏会 この夜はダイアナ・クーパーにとって特別な時間となった。当時50代後半だったダイアナに若さはなかったが、とても魅惑的だった。クレオパトラの衣装を着飾った彼女の姿は息を呑むほど美しく、目撃した人の記憶にしっかりと刻み込まれたのだった。

 半世紀以上を経て、アレクシス・フォン・ローゼンバーグ・ド・レデ男爵は「彼女の顔と真珠、そして宮殿の灯りは、ティエポロの絵画から飛び出してきたようだった」と、どれほど魅了されたかを語っている。

 階段の頂上に立ったベイステギは、ヴェネチア財務官の深紅のガウンに隠された底上げ靴を履いて、2メートル以上の身長に変身していた。その尊大な姿は、肩から腰へと落ちるカツラの巻き毛に縁取られていた。彼はその夜6回も衣装を変えたという。

 夜中になろうとする頃にようやくゲストの入場が終了すると、ファンファーレが鳴り響き、ついに舞踏会が始まった。

 中庭では、マルキ・ド・クエバス・バレエ団のバレリーナたちが、メヌエットを踊り、ヴェネチアのファイヤーマンが道化師の衣装で、巨大な人間ピラミッドを披露した。メヌエットよりもマンボを好むゲストたちのために、モダンミュージックも演奏された。

 ゲストたちは、許す限りの楽しい時間を過ごした。ウィンストン・チャーチル卿は欠席していたが、彼の妻は出席し、ダンスをして楽しんだ。

 ビートンは公認カメラマンという職務と並行して、ダンスフロアでバーバラ・ハットンをくるくると回転させていた。その光景についてデヴォンシャー公爵夫人が、簡潔かつ控えめな表現で「あれは見ものでした」とコメントしている。

 会場を去る気になれない、活力の余ったゲストたちは、宮殿裏の広場に集まったヴェネチア市民たちとパーティを続けた。ルイ・アーペル夫人(夫はパリの有名な宝石職人)は、胸をはだけたヴェネチアの若者とダンスを楽しんでいた。

 高齢のアーガー・ハーン3世でさえ夜遅くまで残り、感慨深い様子で周囲を観察したり、車椅子から熱心に会話を楽しんでいた。こうした夜をいくつも経験していた彼は、ベイステギに別れを告げながら素晴らしい賛辞を送った。

「1902年にエドワード7世の戴冠式と、1911年にジョージ5世の戴冠式を見て、パーティにも参加したけれど、そのときに匹敵するようなパーティを見たことはなかったよ。昨夜まではね」

ダマスク織のガウンと巻き毛のカツラを付け、ヴェネチア財務官に扮したカルロス・デ・ベイステギ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 08
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