Monday, August 5th, 2019

CUBA’S FINEST
キューバ―最上の紫煙を求めて―

1959年の革命以降、共産主義を貫いてきたキューバは、
米国からの経済封鎖という憂き目に遭い続けてきた結果、
今日、世界の中で際立って固有の文化を築いている。
さらにこの国には、最上の葉巻というもうひとつの宝がある。
photography adrian legrà gutierrez

 2016年現在、世界にこれほどまでに情緒豊かな街並みが残っている国はほかにあるだろうか。カリブ海最大の島であるキューバの首都ハバナには、映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の世界が、今もそのまま残っている。キューバ革命以前、事実上アメリカの支配下にあった当時の大量に輸入された50年代のクラシックカー、シボレーのインパラ、ビュイックのリヴィエラ、さらにはオールズモビルのスーパー88までが現役で街を駆けるその風景に、まるで60年前にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。オールドハバナを散策すれば街にあふれる陽気なサルサのリズムや踊りが耳に届いて心地よい。そのリズムを身体に刻む老若男女の姿は、ここがカリブ海唯一の社会主義国であることを想像させない。
 が、キューバが南北アメリカ大陸に初めて誕生した社会主義国であることは、紛れもない事実である。フィデル・カストロ率いる革命軍がゲリラ闘争の末、1959年1月1日にアメリカによる半植民地状態と化していたバティスタ政権を倒してキューバ革命政権を成立させると、アメリカ企業が押さえていた土地と産業を国有化して反米路線を打ち出した。アメリカ政府は61年にキューバとの国交を断絶。翌62年にはキューバに対し一切の輸出入を禁止する経済封鎖措置を採択した。
 以降、今日までキューバは国の共産主義政策を貫き通してきたため経済は疲弊し、世界の中で孤立してきた。食料をはじめとする日常生活品は政府からの配給で賄われているが、配給制度そのものがひっ迫している。また、高度な医療・教育・住居がすべて無料とはいえ、一般的な国民の月収は15米ドルに満たない。

世界を虜にするキューバ産葉巻
 そんな今日のキューバにおいて、外貨の貴重な獲得資源となって国を支えてきた主力産業のひとつが葉巻である。キューバはこの、世界の宝ともいえる葉巻のアメリカへの輸出を望んでいるが、アメリカ側がこれを拒否しているため、実際はヨーロッパへの輸出がほとんどだ。そんななか昨年の7月1日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。アメリカとキューバは双方の大使館を再開することに合意。54年にわたって断絶していた両国の国交が回復したのだ。
 キューバ産葉巻の素晴らしさは疑いようのない事実だ。こんなエピソードがある。ペティ・アップマンの虜だったジョン・F・ケネディ大統領は、1961年の4月、サリンジャー主席報道官に1000本のペティ・アップマンを手配するよう指示を出した。翌朝サリンジャーから1200本の同葉巻が集められたことを告げられると、ケネディはキューバへの経済制裁の政令書にサインをしたという。
 世界最大の葉巻消費国であるアメリカ人が、これまで輸入が制限されてきたハバナシガーに目を輝かせないわけがない。これからキューバ産葉巻の対アメリカ輸出が増えていくことは必至だ。
 アメリカからの経済制裁が全面的に解除される見通しは立っていない。キューバ国民全体の暮らしがどこまで上向くのかは未知数だ。国家評議会議長のラウル・カストロは、2018年での引退を宣言している。今後の革命政権がどうなっていくのかさえ誰にもわからない。ひとつ確実に言えるのは、世界中の葉巻ファンが、我が子の将来を案ずるように、キューバの将来と世界最高の紫煙の動向に注視しているということだ。

ハバナ市内の街にはサルサの軽快なリズムが流れる。特にオールドハバナの雰囲気は色彩も含めて独特だ。アメリカからの経済制裁措置は、この国の経済成長を完全にストップさせてきた。1959年の革命以前のアメリカ車が、修理に修理を重ね、ときにエンジンを載せ換えるなどして今も現役で走っている。当時のクルマの特徴でもあったテールフィンによる写真の赤いセダンは、1958年製のBuick Series 60 (Century) Rivieraだ。この街そのものがクラシックカーの博物館のようなものなのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 08
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