August 2019
BAGS OF CLASS
品格漂うグローブ・トロッター
ガーメントを大切に扱い、それを持ち運ぶケースにもこだわる紳士にこそふさわしい逸品だ。
重さ1トンもある象を乗せて強度を証明したことや、エリザベス女王陛下のハネムーンにお供したこともある。サー・エドモンド・ヒラリーは、補強した特注品を1953年の人類初のエベレスト登頂時に携行したという。サー・ウィンストン・チャーチルも熱烈な愛好家として知られ、常にアタッシェケースを手にしていた。現代では、デイヴィッド・ベッカムやケイト・モス、ダニエル・クレイグらが愛用している。
これらはもちろん、すべてグローブ・トロッターが手がける名鞄の話だ。同ブランドは1897年にイギリス人のデイヴィッド・ネルケンがドイツのザクセン州で創業した。1932年にはイギリスに移転し、現在に至る。
同社で働く約80人の職人たちは、今も週に約200点のトラベルケースを仕上げ、同様にスタイリッシュなレザーコレクション「ジェット」のステーショナリーやパスポートホルダー、ウォレットなどを製作し続けている。
今も変わらない製造方法
グローブ・トロッターの製造方法や機械は、実はヴィクトリア朝時代からほとんど変わっていない。それは決してセンチメンタルな懐古趣味のせいではなく、常に最高のものをひたすら追求する上で必要不可欠だった。
「ヴァルカン・ファイバーは当時の裁断機でカットします」と話してくれたのは、シニアデザイナーのシャーロット・セドン氏。ヴァルカン・ファイバーとは、同ブランドのトラベルケースに使用される特殊素材のことである。
「ハンドル作りにもヴィクトリア朝時代のミシンを使っています。分厚いレザーを縫うにはやはりこれでないと。新型のミシンでは縫えないのです」
昔ながらの機械のおかげで、グローブ・トロッターが求める高度な技を駆使する職人たちは、何十年も慣れ親しんできた道具を使って作業を進めることができるのだという。
「ここで30年ほど働いている職人の一人は、古い機械しか使いたがりません。新しい裁断機を購入しても、新しいものは使おうとしません」
しかし、当時の機械を用いた技術は、グローブ・トロッターを支える一つの柱にすぎない。もうひとつの柱は、自社工場での生産にある。
「当社は何も外注しません。あらゆる製造工程を、すべてこの自社工場で行います。しかも、各製造工程に投じる時間や手間を注意深くモニタリングしています。トラベルケースのレザーコーナーを仕上げるだけでも4日はかかります。裁断して、水に浸し、乾燥させ、昔ながらのプレス機で成形するという、この独自の工程を4回繰り返すと、唯一無二の頑丈なレザーコーナーができあがるのです」
グローブ・トロッターの堅牢なトラベルケースに欠かせないヴァルカン・ファイバーは、非常にユニークで画期的であり、当時の最先端素材であった。特殊な紙を幾層も重ねて、重みや熱をかけて乾燥させたものだが、その製法は極秘のため、どのブランドにも真似することができない。
「ヴァルカン・ファイバーはアルミニウムのように軽いのに、レザーのように強靭です。当社のアーカイブコレクションには100年以上経ったトラベルケースがいくつもありますが、どれもまだまだ現役で丈夫です。10年ほど経つと水分が完全に抜けて、最高の強度に達します」
さらにグローブ・トロッターのヴォーン会長はこう述べている。
「私たちは未来のアンティークをつくっているのです。50年、70年、100年経っても、この工場から生まれたグローブ・トロッターのほとんどは現役で活躍しているはずです」
リベットを各コーナーに留めているところ。
レザーコーナーをスーツケースにプレスする工程。