COSTUME DRAMA

謎の大富豪が主催した仮面舞踏会

November 2016

text nick foulkes

杖を手に着席するアーガー・ハーンIII世

別世界を創作する趣味 グルッセー城には20世紀の文化的生活が根付いていたと、誰もが口を揃えた。ビートンは「現実に対抗した娯楽」と記している。そこには、めっきり見ることのなくなったヴィクトリア調の英国紳士たちが集っていた。

 ツイードやカシミアに身を包み、メダリオンシューズを履いた彼らは、召使いがトーストとマデイラ酒を用意するまでの間、イラストレイテド・ロンドン・ニュース紙を読みながら芝生を散歩して楽しんでいる。

 誰のセンスが良くて誰のが悪いかだとか、誰が立派な家具を持っているか、という話題が主で、政治的な討議や、扇動的な話題は避けていた。断固として外の世界を寄せ付けないようにした場所だった。

 1950年代には城内に劇場も建てた。ベイステギが、とりわけオペラ好きだったというわけではない。実際に上演されたのはたった2度だった。彼にとっては、創作する行為そのものが重要で、誰もいない劇場に座り、壮麗な環境をうっとりと鑑賞するのが幸せなひと時だった。

 ゲストは城内のすべての豪華さに圧倒された。中でも図書室は、際限のない財力とセンスのあるヨーロッパの放蕩者が、ヴィクトリア時代の英国風様式を理想的に具現化したものだった。

 何より特別なことは、これが大戦中に作られたこと。当時、スペイン文化大使館員だったベイステギの外交パスポートを使えば、大戦中でも略奪行為を免れて物を運ぶことができた。シャンデリアは、外交文書用郵便として届けられた。驚くことに、ダンケルク大撤退と同じ1940年5月でも、一巻きのインド更紗が英国から届けられたという。

 また、この大戦下に行われたグルッセー城の作業のおかげで、かなりの職人たちが国外追放を免れた。ベイステギがいなければ、大工や塗装工、室内装飾業者たちは、奴隷労働者としてドイツに送還されていただろう。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 08
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