WHAT SLIM SAW

写真家 スリム・アーロンズが見たもの

January 2022

text nick foulkes

ブリット・エクランド。ポルト・エルコレにて。

 1950年代から60年代にかけて、人々の生活はますます豊かになり、アーロンズはこの時代に、自らのスタイルを完成させた。その写真は一見気軽に、冗談でもいいながら撮っているように見えるが、実は科学的ともいえる規律をもって撮影されていた。彼は写真を構成するためのポイント・システムを持っていて、それは次のようなものだった。

 高貴なモデル(+1点)、家庭的なことをしている――例えば朝食を食べている(+1点)、美しい配偶者と一緒にいる(+1点)、舞台は城や大邸宅(+1点)。その他ボーナスポイントが得られるオブジェクトもある。城をバックに置いてあるオートバイや、宮殿の前に止まっているヘリコプターなどだ。

 アーロンズの被写体は、苦しみや貧困とは無縁である。そういう写真こそ、文化的意味を持つという人にとっては、まったく価値のないものだ。しかし、「ニューヨーク・タイムズ」紙のように、アーロンズの作品を、エリートレジャー層の虚栄心を写しただけと片づけるのは、あまりにも安易である。

マルベーリャのヴァレリー・ケイツ。

 第二次世界大戦後から半世紀にわたって撮影されてきた彼の作品群は、遊牧民の研究を専門とする人類学者のように、ジェットセッターと呼ばれる人々の習慣や儀式を記録している。長期間にわたって活動していたため、同じ人物を何度も撮影している。例えば、F1チームのオーナーからバイクメーカーに転身したヘスケス卿は、7歳のときに赤いトラウザーズをはいて邸宅の池の前で撮影されており、33年後、幼い娘たちと一緒に同じ池の前で撮られている。

 1970年にパーム・スプリングスで撮影された建築家リチャード・ノイトラデザインの家とプールは、ミッドセンチュリー・モダンデザインを象徴する写真として国際的に知られている。

 また、1955年にパーム・ビーチで撮影されたポロ競技のスター、ラディー・サンフォードがステーションワゴンの横で折りたたみ式のキャンバスチェアで休んでいる写真は、ラルフ・ローレンのインスピレーションの源になったと言われている。

 古き良き、魅力的な世界はなくなってしまった。しかし、アーロンズの作品にはそれが生きている。今日の世界では、アーロンズの多くの写真がオンラインやソーシャル・メディアにアップされ、グローバルに拡大され続け、彼が想像もしなかったような影響を与えている。アーロンズの画像は、ビジュアル化が進む世界の中で、まさに“百聞は一見にしかず”を体現する存在であった。

男性と女性のグループ。ブラジル・ポルトガッロのビーチにて。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 42
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