Top of the World

トップ・オブ・ザ・ワールド

November 2015

by nick foulkes
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ヘリスキーの草分け、ジャンニ・アニェッリ。

サン・モリッツの無冠の女王 ここでは、新しい世界秩序を代表する産業界の有力者らが、古い歴史を持つ貴族と対等の立場で付き合っていた。そんな中、生まれながらの男爵でありながら、ビジネスでも成功したハンス・ハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサは、新旧の両世界を体現する存在として、夫人とともにサン・モリッツに君臨した。

 当時のハイニは、フィオーナ・キャンベル=ウォルターを3番目の妻に迎えていた。元ファッションモデルである彼女は息を呑むほど美しく、プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエをして「サン・モリッツの無冠の女王」といわしめた。

 その無冠の女王の御料馬車とも言うべき愛車が、コンバーチブル型のBMWだった。1966年2月、その愛車が1台のベントレーと激突して大破したとき、彼女は大いに機嫌を損ねた。ベントレーの所有者は、英国の名門貴族の御曹司で、プレイボーイとして鳴らしたリチャード・ロッテスリーだった。

 ほどなくして、ザ・パレスのナイトクラブを訪れていた彼女は、プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエにばったり会った。その夜のことを、プリンスは数十年後にこう回想している。

「『私のこと、お好き?』と、じゃれつくように彼女は尋ねた。『敬愛しているとも』と私は答えた。『バーの隅に、3人のチンピラと一緒に座っている男がいるでしょう? あれが私の大切なBMWをメチャクチャにしたロッテスリー卿よ。借りを返してやりたいの。外に彼の大きなグレイのベントレーが止めてあるわ。何とかしてちょうだい!』

 そこで私は体格の良いスキーのインストラクターを2~3人伴って、上品なパールグレイのベントレーと対面した。新雪の中に駐車してあるベントレーは、ひときわ美しく見えた。私は車をエイヤと持ち上げ、ひっくり返した。ベントレーの屋根は雪に埋もれ、車輪は天を向いた。仕事を終えた私は、服に付いた雪を払い落としてクラブへ戻ると、フィオーナに行って見てくるよう促した」

 プリンス曰く、戻ってきた彼女は「まさに喜色満面だった」という。この悪戯はロンドンの各紙で大きく報じられ、ロッテスリーは物笑いの種になった。彼もイギリスの首都では大物かもしれないが、サン・モリッツでフィオーナ・ティッセンを怒らせれば、ただでは済まないということを知らしめた。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 07
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