Sunday, November 22nd, 2015

Top of the World
トップ・オブ・ザ・ワールド

1960年代から70年代にかけて、黄金期にあったスイスのサン・モリッツは、国際派の
ジェット族にとって楽園のような冬のリゾート地だった。彼らの社交場となったのが、
親しみを込めて“ザ・パレス(宮殿)”とも呼ばれたバドルッツ・パレス・ホテルだった。
text nick foulkes

サン・モリッツの無冠の女王 ここでは、新しい世界秩序を代表する産業界の有力者らが、古い歴史を持つ貴族と対等の立場で付き合っていた。そんな中、生まれながらの男爵でありながら、ビジネスでも成功したハンス・ハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサは、新旧の両世界を体現する存在として、夫人とともにサン・モリッツに君臨した。
 当時のハイニは、フィオーナ・キャンベル=ウォルターを3番目の妻に迎えていた。元ファッションモデルである彼女は息を呑むほど美しく、プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエをして「サン・モリッツの無冠の女王」といわしめた。
 その無冠の女王の御料馬車とも言うべき愛車が、コンバーチブル型のBMWだった。1966年2月、その愛車が1台のベントレーと激突して大破したとき、彼女は大いに機嫌を損ねた。ベントレーの所有者は、英国の名門貴族の御曹司で、プレイボーイとして鳴らしたリチャード・ロッテスリーだった。
 ほどなくして、ザ・パレスのナイトクラブを訪れていた彼女は、プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエにばったり会った。その夜のことを、プリンスは数十年後にこう回想している。
「『私のこと、お好き?』と、じゃれつくように彼女は尋ねた。『敬愛しているとも』と私は答えた。『バーの隅に、3人のチンピラと一緒に座っている男がいるでしょう? あれが私の大切なBMWをメチャクチャにしたロッテスリー卿よ。借りを返してやりたいの。外に彼の大きなグレイのベントレーが止めてあるわ。何とかしてちょうだい!』
 そこで私は体格の良いスキーのインストラクターを2~3人伴って、上品なパールグレイのベントレーと対面した。新雪の中に駐車してあるベントレーは、ひときわ美しく見えた。私は車をエイヤと持ち上げ、ひっくり返した。ベントレーの屋根は雪に埋もれ、車輪は天を向いた。仕事を終えた私は、服に付いた雪を払い落としてクラブへ戻ると、フィオーナに行って見てくるよう促した」
 プリンス曰く、戻ってきた彼女は「まさに喜色満面だった」という。この悪戯はロンドンの各紙で大きく報じられ、ロッテスリーは物笑いの種になった。彼もイギリスの首都では大物かもしれないが、サン・モリッツでフィオーナ・ティッセンを怒らせれば、ただでは済まないということを知らしめた。

そして新たな時代へ その後のある日、ザ・パレスのロビーを歩いていたジャクリーン・ド・リブは、ホテル内ではもちろんのこと、サン・モリッツでも見かけるとは思ってもいなかった、ヒービー・ドーシーの姿を見つけた。
「彼女はニューヨーク・ヘラルド・トリビューンのファッションジャーナリストだった。彼女は有名人だったけど、記者であることに変わりはなかった。そこで私は、『ヒービー、もう終わりなのね、ザ・パレスは……』と言ったの。ジャーナリストが敷地内にいるのは、ザ・パレス史上初めてのことだったから」
 ザ・パレスが本当に終わってしまったわけではないにしろ、サン・モリッツが新たな局面を迎えたことは確かだった。サン・モリッツの常連たちは、ザ・パレスに宿泊する代わりに別荘を建てるようになった。初めは比較的控え目だったが、すぐに高級化が進み、シャレーはどんどんと壮麗になっていった。
 中でも、リバノス家が建てた3軒のシャレーは印象的だった。1軒目は夫人が使い、2軒目は彼女の娘ティナのために、3軒目は息子ジョージのために建てられたものだった。ある情報によると、3軒のシャレーは地下にある大きな応接間でつながっており、リバノス家の人々はそこで客をもてなしたり、映画を鑑賞したりしたという。
 こうして誕生した新たな富豪の形は、やがて今日のわれわれが知る世界へと変化する。つまり、ゲーテッド・コミュニティ、大邸宅、巨大ヨット、大人数のボディガード、厳重な警備などで形成された世界だ。それは確かに、往時よりもプライバシーが守られた空間ではあるが、いささか「小粋さ」が失われたともいえるのではないだろうか。

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上: 縞模様のスーツとシルクハットを身に着け、サン・モリッツでボブスレーに乗るロンドンのジミー・ボットレルと仲間たち。下: ザ・パレスで開かれた大みそかのパーティ(1958年)。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 07
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