Wednesday, October 9th, 2019

The siren’s call:how Brigitte Bardot redefined female sexuality
セイレーンの呼び声―ブリジット・バルドー

不貞を働く方がまし

 かつてバルドーは「仕方なく貞節を守るより、不貞を働く方がましよ」と述べた。その言葉通り、彼女と枕を交わした男性は、かなりの数に上った。中でも、音楽家は常に気になる存在だったようだ。名曲『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』でデュエットしたセルジュ・ゲンズブールを筆頭に、マルチェロ・マストロヤンニ、ジルベール・ベコー、サッシャ・ディステルにも惹かれた。
 ウォーレン・ベイティのようなハリウッドの有名人が恋の相手になることもあった。
ベイティについて、彼女は後にこう述べている。
「ウォーレンは抗いようのないほど強烈な魅力の持ち主だった。そして何のために、誰のために彼に抗えというの?」
 だが、すべての男性が魅了されたわけではない。1968年に彼女に会ったジョン・レノンは「本物のブリジットに会った…… 僕はLSDで酔っていて、彼女は出て行こうとしていた」と回顧している。しかし、バルドーが狙いを定めた獲物にとって、抵抗はほぼ無意味だった。伝えられるところによると、彼女には(女性も含めて)合計100人以上の愛人がいたという。

“アイコン”にふさわしい女

 バルドーは1973年に39歳で映画界を引退した。それまでに出演した映画は47本に上った。
 現在の彼女は、一夫一婦制を実践する、誇り高く、ボトックス注射とも美容整形とも縁のない80代だ。生活をともにしているのは、実業家や政治顧問として活躍した4人目の夫、ベルナール・ドルマール。1992年にサントロペの静かな土地でドルマールと結婚したバルドーは、1977年に動物愛護運動を開始し、さまざまな迷子の動物たちとも同居している。彼女は以前「男性に対する愛と、動物に対する愛は比べられないわ」という発言もしている。
 今でこそ安らぎを得ているが、ここに至るまでには、マスコミによるプライバシーの侵害、妊娠中絶、ノイローゼ、自殺未遂を経験した波乱万丈の数十年があった。
 しかし、若き日のブリジット・バルドーは、コート・ダジュールに君臨する女王さながらであり、ウディ・アレンをして「地球上に彼女より美しいものは存在しない」と言わしめるほどだった。
 彼女が身に着けたバレエシューズや、コルセットを省いたギンガムチェックのワンピース、派手なビキニといったアイテムは、ケイト・モスやヴァネッサ・パラディたちが取り入れた。
 バルドーの女優としての功績はイマイチだったかもしれない。だが、文化的な象徴としてはどうだろう。もはや手垢がついてしまった“アイコン”という言葉は、本来彼女のような人にこそふさわしいのではないだろうか。

『Les Femmes(原題)』(1969年)のワンシーンでのバルドー。

イタリア人俳優でプレイボーイのジジ・リッツィとともに、サントロペにて
(1968年)。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 16
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