Sunday, January 17th, 2021

The Rock’n Roll Tailor

70年代を駆け抜けた伝説のテーラー
トミー・ナッターの魂

トミー・ナッターの正統を今に受け継ぐ
チトルバラ&モーガンの秘密

全盛期のナッターズに在籍したジョー・モーガン氏がそのすべてを語る。
text yoshimi hasegawa
photography edward lakeman

ナッターズの正統な後継者 ロイ・チトルバラとジョー・モーガン、二人のカッターによって創業されたテーラー、サヴィル・ロウ12番地に位置するチトルバラ&モーガン。

 過去にはナッターズの名を巡って裁判が繰り広げられたが、ここはその権利が認められているばかりでなく、ナッターの系譜を引くサヴィル・ロウで唯一のテーラーとしても知られている。

 現在同社を率いるディレクターにしてヘッドカッターのジョー・モーガン氏は、1970年、20歳の時にナッターとセクストン、二人のアシスタント・カッターとして入社した。

「私は本当に幸運だったと思う。ここに入る前はグレイのウーステッドのコンサバティブなスーツを着て、細いネクタイに硬いカラーのシャツを着ていたんだ。ところがここに来て、すべてが変わった。ナッターズのスーツはスタイリッシュで、流行の先端を行っていた。店には毎日のようにポール・マッカートニーやジョン・レノンが遊びに来て、実にエキサイティングな時代だった」

 当時を鮮明に思い出すかのように、モーガン氏の語り口は生き生きとしていた。

新たな時代を創る二人ナッターの薫陶を受けたディレクターのジョー・モーガン氏(左)と彼のアシスタント・カッター、マイケル・ブラウン氏(右)。

「ナッターズが成功したのは、トミーのデザインが誰も作ったことのないスタイルでありながら、サヴィル・ロウの他のテーラーと同じ、超一流のクオリティを持っていたからだ。そんなことができたテーラーは誰もいなかった」

 だが、1976年、ナッターはビスポークに飽き足らず、自身のブランドネームで既製服を販売するため、「ナッターズ・オブ・サヴィル・ロウ」を離れ、1977年に「キルガー」へ移ってしまう。

「これが悲劇のはじまりとなってしまった。トミーは既製品ではビスポークほど自分のアイデアを上手く表現できなかった。そのことが結果的に彼を追いつめたのだと思う」

 一方で、1981年にはエドワード・セクストンがナッターズを去り、サヴィル・ロウ37番地に自身の店であるエドワード・セクストンをオープンする。キルガー、フレンチ&スタンバリーの名カッター、フレッド・スタンバリーに16歳から師事し、将来を嘱望されたセクストンにとって、ナッターの名に飽き足らなくなったのは自然な成り行きだった。セクストンは、その後サヴィル・ロウから移転し、現在はナイツブリッジで営業を続けている。

 誰もがサヴィル・ロウを去った。だが、モーガン氏は今も変わらず、この地「ナッターズ」の美学を守り続けている。

本記事は2015年3月24日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 03

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