August 2021

HERMÈS LE CUIR
エルメスの革の物語 第1回

エルメスの道具、そして作られるもの

書類ケース 《サック・ア・デペッシュ》
1928年に誕生した、エルメスの男性用鞄を代表するマスターピース。“吉報を持ち運ぶ書類ケース”として多くの成功者に愛用されている。クロシェット、洗練された留め金、象徴的なハンドルのすべてに、無駄が削ぎ落されたシンプルな美が宿っている。マットな質感のグレインレザーは使い込むほどに柔らかく、味が出る。 サイズ:H29×W38×D10cm ¥1,040,600 Hermès(エルメスジャポン Tel.03-3569-3300)

 アトリエの作業台に持ち込まれ、加工されるのを待つばかりになった皮革は、伝来の職人技と最先端のテクノロジーの見事な調和を体現している。この調和が素材本来の美しさ、そして、そこに宿るセンシュアルな魅力を最大限に引き出す。厳しい基準で選び抜かれた原皮は、なめし処理の段階で、丹念に選別される。

 エルメスは本来の特徴を活かすよう、加工の少ないフルグレインレザーのみを取り扱っている。フルグレインレザーは耐久性と美しい経年変化を保証するが、シワや血管の模様、毛穴などはもともとの要素として含まれる。これらは欠陥などではなく、目に見える生命の痕跡として革の一枚一枚に個性を与えるのだ。天然に由来する特徴をそのまま―おしろいを塗らない素顔のように―、なめしの工程でカバーしないことで、少しずつ味が出てくる。

 もうひとつの特徴は、バッグのライニングへの配慮。バッグの内側も外側も、見えないところでも見えるところと同じくらい美しくなくてはならないというエルメスの哲学だ。エルメスの革は時を経て風合いが変わっていくが、これが革に強度と耐久性をもたらす。時間経過とともに深化し、個性が現れてくるのだ。

 どのバッグも、持ち方や開け方、抱え方といった持ち主のくせによって変化していく。同じ型のバッグをいくつか横に並べてみると、全部違っているのがわかるはずだ。持ち主はひと目見ただけで自分のバッグを見分けられるだろう。それはオブジェと結ばれた不滅の絆なのだ。エルメスのオブジェたちは、どれも長く使え、時を経てより美しくなるように工夫されている。まさにこれがエルメスの「価値」であり、オブジェの持ち主に、時を重ねてにじみ出る味わいをゆったりと楽しんでもらうことができる。

 また職人は、オブジェが作られていた通りにお直しを施すことができる。エルメスのバッグは分解して修理がきき、バッグを構成する部品すべてが取り替え可能だ。これが手しごとのマジックなのだ。クリエイティブなプロセスの中心に耐久性、持続性が組み込まれている。“ サステナビリティ”は、エルメスのものづくりの哲学なのだ。

書類ケース 《ケリー・デペッシュ》
《サック・ア・デペッシュ》に、《ケリー》の象徴である金具とストラップをあしらった男性用バッグ。1992年に登場した。 丸く作られた底部とピュアなレザーの表情を特徴とする。パソコンや書類を収めることのできる容量の大きさで実用にも優れる。高い耐久性を兼ね備え、まさに一生の伴侶となるだろう。サイズ:H29×W36.6×D5cm ¥1,210,000 Hermès(エルメスジャポン Tel.03-3569-3300)

本記事は2021年5月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 40

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Contents

<本連載の過去記事は以下より>

エルメスの幸せな職人たち

エルメスのバッグ、その素晴らしさ