HERMÈS LE CUIR
エルメスの革の物語 第3回

エルメスのバッグ、その素晴らしさ

January 2022

エルメスが誇るサヴォワールフェール(職人技)、そのすべてを集結させたのがバッグである。高い耐久性に加え、修理も可能。オーナーの人生を物語る、かけがえのない存在となる。
photography jack davison

Verrou〔ヴェルー〕
秘密を保つための小箱

1951年から1978年までエルメスの社長を務めたロベール・デュマにとっては、目にするものすべてがクリエイションの着想源だった。生まれながらのデザイナーである彼は、なんでもないものを特別にする術すべを知っていた。1938年、彼は馬房の錠のフォルムを変形させて、ジュエリーのようなクラスプ(留め金)を生み出し、幾何学的でシンプルなフォルムのレザー製ポシェットに付けた。25のピースを組み合わせたこの精緻な金銀細工は、見る人の視線を一瞬で捉える。軽くスライドさせるとカチリという音とともにバッグは優しく開閉し、秘密が保たれる。フラップのわずかなカーブが、馬具にルーツを持つ幾何学的なフォルムに丸みをもたらしている。ポシェット《ヴェルー》は、レザー製のバンドリエール、金属チェーンや布製ストラップを付ければバッグに変身し、構築的なシルエットをきわ立たせる。

 エルメスのバッグは、至高の技の産物だ。ほれぼれするような曲線、留め金のひそやかな音、ミリ単位で設計されたハンドルの丸み、手が滑り落ちるようなライニングのしなやかさ……。それらは、ほんのわずかな細部が、すべてを変えうるという信念を伝えている。

 皮革デザイン部門が抱える15人ほどの職人は、デザインが制約されないように、常にサヴォワールフェール(職人技)の限界を押し広げ、素材の研究を重ねている。留め金を担当する金銀細工部門の職人たちは、美と技術が集結するこのクリエイティブな流れに喜び勇んで加わる。あるバッグの開発では、留め金を革のフラップのところにぴったり収めるのに2年も費やしたなんて、誰が想像できるだろうか。

 素材においては、なめし職人たちとの緊密な協同作業で、色やニュアンス、仕上げに関わるオペレーションを決める。プロフェッショナルの目で確かめた、多くの変数を組み合わせる技法が、多様な感触、手ざわり、色、輝き、質感、モチーフが現れる手助けをしている。

 こうして「革の王者」の異名をとる〈ボックスカーフ〉も、そのエレガンスや柔らかさ、輝き、特有のまろやかな手ざわりを得たのだ。その色合いはあまりに深く、視線が奥に吸い込まれるほどである。しなやかで張りのある特徴から“スプリング”と呼ばれている。〈トリヨン・クレマンス〉は、かすかにサテンのようなテクスチャーを持ち、ゆらめくような立体感が特徴だ。表面に指を滑らせるとシボが横倒しになり、また起き上がる感触がある。

 〈ヴォー・バレニア〉は、かすかな匂いとワックスのような柔らかな感触、経年変化がもたらす味が素晴らしい革だ。時として“マジック”と呼ばれるのは、押したときの跡や縦じわを素早く吸収してしまうからだ。〈ヴォー・ヴォリンカ〉は、いぶしたようなウッディーな香り、そして飾り気のなさと菱形の模様でそれとわかる。他にも、オイルレザーのような手ざわりの〈ヴォー・エヴァーカーフ〉や、叢雲(むらくも)のような色合いの〈ヴォー・タデラクト〉が有名だ。

 すべてのバッグは修理が可能である。革にもう一度本来の輝きと色を蘇らせる、持ち手やカデナ(南京錠)を交換する、バッグの四隅を修理する、擦り傷をぼかす……。お直しのアトリエの職人たちの手によって、オブジェたちは息を吹き返す。

 エルメスのバッグは、人生の大切な瞬間や夢のかけらを思い出させてくれる、愛情がたっぷり詰まったかけがえのない存在だ。修復するのは、まさに物語そのものである。多くの顧客が「使い古された佇まいは、時を重ねた証拠だからどうかそのまま残してほしい」というのも頷けるのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 42
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Contents

<本連載の過去記事は以下より>

エルメスの道具、そして作られるもの

エルメスの幸せな職人たち