January 2022

HERMÈS LE CUIR
エルメスの革の物語 第3回

エルメスのバッグ、その素晴らしさ

photography jack davison

Haut à Courroies〔オータクロア〕
エルメスのバッグ第1号

エルメスのバッグ第1号は《オータクロア》だった。20世紀初頭に誕生した頃には、乗馬用ブーツと鞍をエレガントに運ぶバッグとして愛用されていた。自動車の普及とともに、この彫刻的な台形型のデザインは、馬具用バッグから理想的な旅行用バッグへと見事な変身を遂げることになった。鞍のあおり革を固定するストラップ(クロア)、エルメスのシンボルであるアスティカージュを施したフラップ、サドルステッチ、トゥレ(留め金)、カデナ、サングロン(サイドストラップ)もそのまま採用された。さまざまなプロポーションで作られ続けている、いかにもエルメスらしい《オータクロア》は、素材の選択肢も尽きることがない。無地あるいはプリントのキャンバス地、革とフェルト、ロシアンレザーを思い出させる〈ヴォリンカ・レザー〉などなど。そこに絵画のような表現を繰り広げることも可能だ。パッチワークや刺繡で描く風景画、ペイントしたコズミック柄、ウエスタン風のモチーフ刺繡……そのアイデアは無限大だ。

Kelly〔ケリー〕
グレース・ケリーが愛した

1930年代のこと、ロベール・デュマは、まったく新しいタイプの女性向けのバッグを考案した。台形のフォルム、三角形のふたつのマチ、丸いハンドル、2本のサングロンで留めるフラップ、トゥレ。この原型モデルはエルメスの皮革製品の本質を凝縮したものだった。計算し尽くされた裁断と、直線だけを用いた幾何学的な構造のこのバッグは、1950年代の終わり頃に世界的な名声を得るようになる。それは、プリンセスになったハリウッドスター、グレース・ケリーがこのバッグを持っている姿が、折にふれメディアを賑わせたからだ。楽屋で、飛行機の降り際、おなかのふくらみを隠した姿……そのイメージはまたたく間に世界を駆け巡った。《ケリー》は、当時としては大きなサイズだったので、社会の躍動を物語りつつ、女性にさらなる自立心を芽生えさせた。かっちりしたモデルはエレガント、柔らかなモデルはスポーティだ。《ケリー・アド》、《ケリードール》、《ケリー・ラキ》、《ケリー・ピクニック》、《ケリーグラフィ》、《ケリー・ダンス》……独自のスタイルを持つ《ケリー》だからこそのバリエーションの数々は、表現の豊かさの表れとなったのだ。

Plume and Constance 〔プリュム〕と〔コンスタンス〕
ミニマルさが魅力、60年代の傑作たち

1960年代に考案されたミニマルなバッグ《プリュム》は、その名前のごとく、羽(フランス語でプリュム)のように軽いバッグだ。長方形で気取りのないフォルムは、1920年代に作られていた乗馬用ブランケットを持ち運ぶためのバッグから着想された。実用的なスライド式ファスナーを使用した一見シンプルな外観だが、実現までは苦労の連続だった。まず、裏返して縫ったのちに、手袋を外すように表向きにひっくり返す。一枚革からカットされるレザー、サドルステッチ、アスティカージュを施したハンドルにあしらわれたメタルパーツ、ロザンジュ型のつまみ等、《プリュム》には、メゾンのサヴォワールフェールがあますところなく駆使されている。用途も多彩なこのバッグは、シンプルなラインもフォルムもそのままに、ハンドバッグからミニバージョン、書類ケース、トラベルバッグまで、いろいろな大きさが揃っている。1967年に誕生した《コンスタンス》は、このバッグを手がけたデザイナーの娘の名前がつけられている。そのシンプルさとなんにでも合わせられる自由さが革新的だった。優美なプロポーション、絶妙な調和、仕草にもたらすエレガンス。構築的に作られた、小さなジュエリーのような存在だ。バッグをきわ立たせるのはH型のクラスプだ。ゴールドまたはシルバー、ラッカーのほか、エナメル仕上げが施されたり、貴石がはめ込まれたりしている。ふたつのマチや、鞍職人の技が生きるアスティカージュによる縁仕上げも、そのデザインを引き立てる。バリエーションの多さも《コンスタンス》の魅力だ。さまざまなサイズ、自在に長さを調節できるバンドリエール、革またはキャンバス地の素材、単色またはマルチカラーなどが揃っている。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 42
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Contents

<本連載の過去記事は以下より>

エルメスの道具、そして作られるもの

エルメスの幸せな職人たち