WHEN EDEN ROCKED

楽園の終わり

October 2019

太陽が昇り、楽園に新たな朝が来る。
特別なことは何もしないけれど、どこまでも優雅な最高の一日が始まる。
ジェットセッターの最盛期は民間航空機の普及によって終わりを告げたが、
ロマンチストの目には在りし日のアリ・カーンやアニェッリ、コール・ポーターが
夏のコート・ダジュールに残した華やかな夢の跡が見えるだろう。
text nick foulkes

アンティーブのオテル・デュ・カップ・エデンロックでヴァカンスを楽しむ人々。スリム・アーロンズが1969 年に撮影。

 月面着陸、チャールズ・マンソンによる殺人事件、ウッドストック・フェスティバル、ベトナム戦争……1969年の夏はそう退屈ではなかった。宇宙服を着たミシュランマンのような宇宙飛行士たちが月面に立つ姿をとらえた不鮮明な映像から、目を見開いた殺人鬼、ヒッピーだらけの光景、そしてインドシナからヘリコプターのプロペラ音を交えて死や破壊の実態を毎夜報道するテレビ番組まで、当時のイメージは人々の意識に刻み込まれている。

 こうしたイメージには、他の写真が霞んでしまうほどのインパクトがある。ジェットセッターのライフスタイルを撮影した写真で知られるスリム・アーロンズが1969年の夏に撮った1枚(上)はそれほど注目を集めなかった。この作品のスタイルや被写体、ロケーションはアーロンズらしいものの、彼の代表作にはない自然さがある。ポーズをとる上流階級の有名人が写っていないのだ。

 手前には、リヴィエラのユニフォームともいえるホワイトパンツにボーダーTシャツを着たウェイターが、ドリンクをのせたトレイを持って身をかがめている。その前にはマットレスに寝そべる3人。ジントニックを受け取る女性に、白のショートパンツを穿いて横たわる男性。こんがり焼けた体にサイケデリックプリントのビキニをまとった女性は真っ赤なドリンクが入ったグラスを持ち上げている。カメラから顔をそむける彼女の視線をたどれば、マットレスやデッキチェア、パラソルが連なり、その先には赤レンガ屋根のエデンロックが見える。パラソルが並ぶテラスはちょうどランチタイムで、朝から太陽を浴びてビタミンDの吸収に余念がなかった腹ペコの客がテーブルを占拠している。

 宇宙飛行士が遥か彼方の惑星を歩き、兵士が遠く離れた地で死に瀕し、気の狂ったカルト集団のリーダーを信奉するジャンキーが大量殺人に手を染め、50万人ものヒッピーが耳をつんざくような音楽に合わせて畑や農地の泥の中で踊っていた頃、地上のどこよりもエクスクルーシブなリゾートでは何もかもが普段通りだった。太陽が昇り、楽園に新たな朝が来る。日光浴にスイミング、そして何もしないという最高の贅沢……どこまでも優雅な最高の一日が始まる。エデンロックという名の通り、そこは楽園のように平和で、堕落する前のように無垢だ。手に負えない人生の悩みも、背の高い生け垣やゲートの中までは入ってこられない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 30
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