Tuesday, March 3rd, 2020

WAR ON SEXISM

戦時下の性差別
―勇敢な女性たち―

text josh sims

左:インド出身のイスラム神秘主義(スーフィー派)の伝道師を父に持つ、ヌーア・イナヤット・カーン。
右:フランスでは「La Dame Qui Boite(足を引きずる女)」という異名で知られたバージニア・ホール。

 勇敢な女性たちの多くは今もほとんど知られていないが、時間を経て称賛を得た者もいる。ヴィオレット・サボーの物語は映画『スパイ戦線』(1958年)のベースになったし、1991年に建てられたSOEの慰霊碑にはサボーの名前とともに、ヌーア・イナヤット・カーンらの名前も記されている。カーンを新しい50ポンド紙幣の肖像に推薦する動きもある。

 一方で、称賛されることを固辞した者もいる。終戦時、トルーマン大統領がバージニア・ホールの功績を公表しようとすると、彼女は今後も同じ職種で働きたいから身元を明かされたくないと告げて辞退した。そこでトルーマンは非公式の式典で、ホールに女性初の殊勲十字章を授与した。戦後、OSSは解体されてCIAへと引き継がれたが、以降もホールは女性エージェントの草分けとなったのだ。

 彼女が時おり語った戦時中の武勇伝は、笑い話になるエピソードも多かった。ピレネー山脈を歩きスペインへと抜ける最中、彼女はSOE司令部に「自分は元気だが、“カスバート”に手こずっている」と無線で伝えた。「“カスバート”に難儀しているのなら、彼を排除させなさい」という返事があったが、後に明かされたところによると、“カスバート”は彼女が自身の義足に付けた名前だったらしい。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 28
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