Monday, January 6th, 2020

THE FLAIR UP THERE
20世紀のライトスタッフ

皆さんは、現代の宇宙飛行士の名前を挙げられるだろうか? これは引っかけ問題ではない。
今回THE RAKEのタイムマシンを操縦して向かう先は、20世紀半ば、
つまり栄光の宇宙探査時代だ。それは、エリート中のエリート=“ライトスタッフ”たちが、
世界的なセレブリティ、そしてスタイルアイコンであった時代だった。
text josh sims

エリート中のエリート

 今回紹介する20世紀のライトスタッフたち―マーキュリー計画やアポロ計画に抜擢されたパイロットたちは、ふたつの能力に特に秀でていた。ひとつは、ほとんど寝ないで実験航空機を操縦し、成層圏の端まで行って帰ってくる能力、そしてもうひとつは、夜更けまで飲み明かしドンチャン騒ぎをする能力(および実行力)である。その勢いはまさに空を飛ぶロケットのごとし。それは彼らの選ぶクルマやファッションにもよく表れていた。

 アラン・シェパードはコルベットを運転し、ウォリー・シラーはまずトライアンフに、次にマセラティに乗り、スコット・カーペンターはシェルビー コブラを走らせた。とびきり速いスポーツカーは彼らの必需品だった。地元の販売店は宇宙飛行士全員に対し、シボレーをタダ同然でリース提供していた。

 スピード、危険、クルマ、ファッション。それらの要素に、リーダーシップと男らしさの象徴である宇宙飛行士の仕事が加わったわけだから、彼らの訓練やテスト飛行が行われたエドワーズ空軍基地に、追っかけファンが集まったのも不思議ではない。それが砂漠のど真ん中にポツンとある基地だったとしてもだ。

 ちなみに、“ケープ・クッキーズ”と呼ばれた追っかけの女性たちは、とある証言によると「乳房は張りがあり、太ももはむちむち」であったという。

 基地の近くにある唯一のバーだったパンチョの店を、宇宙飛行士らがハッピー・ボトム・ライディング・クラブ(“お尻がハッピーになる乗馬クラブ”を意味するが、“ハッピーなお尻乗りクラブ”とも解釈できる)と呼び始めたのも無理はない。土曜日の夜に、ウイスキー、男女の戯れ、危険を省みぬ、宇宙飛行士ならではの大量のアドレナリンで盛り上がれば、毎週、乱痴気騒ぎのパーティーになったことは必至だっただろう。

 アポロ世代の宇宙飛行士の時代はそれほど騒々しくなかったが、クールさでは引けを取らなかった。例えば写真のアームストロングは、タオル地のポロシャツにベースボールキャップとアメリカン・オプティカルのアビエーターサングラスを合わせ、太い葉巻に火を点けている。

 1964年にケープカナベラルでジョン・F・ケネディ大統領と会ったシラーは、二枚目俳優のようなオーラで大統領の影を薄くさせてしまった。飛行前に着用するNASAのジャンプスーツにコンバースのローカット・スニーカーを合わせたのは、このシラーであった。現時点で月面を歩行した最後の男、ジーン・サーナンも、MA-1ジャケット、ジーンズ、ベレー帽という装いでアイスランドでの訓練に臨んだ。皆それぞれにクールであった。

 当然ながら、このグループに所属する権利を得たパイロットはエリート中のエリートだった。彼らは世界レベルのパイロットたちから選抜されており、60年代へ差しかかる頃に、シークレットだらけの選考過程を経て選ばれた精鋭たちだった。当時の候補者の控え部屋は、優秀な操縦士でいっぱいだったが、多くは緊張でビクビクしていたという。

NASAによる月への2回目の有人派遣ミッション、アポロ12 号の乗組員。左から:所有するシボレー コルベット スティングレイの上に座る宇宙飛行士のチャールズ・“ピート”・コンラッド・ジュニア、リチャード・フランシス・ゴードン・ジュニア、アラン・ラヴァーン・ビーン(1969年フロリダ)。

マーキュリー計画のスペース・カプセルを精査する(1961年) 。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 31
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