Thursday, July 1st, 2021

THE KEEPER OF GREATNESS

ベトナム最後の皇帝
バオ・ダイ

バオ・ダイはグエン朝第13代にしてベトナム最後の皇帝である。
決して人望の厚い君主ではなく、米・風刺家には「つかみどころのない人物」と辛辣に評された。
しかし2018年、彼の遺品が脚光を浴びた。
ロレックス史上最高額で落札されたのだ。
text stuart husband

Bao Dai / バオ・ダイ1913年フエで生まれ、当時の宗主国フランスへ留学。1925年に父が死去し、グエン朝(1802~1945年)の第13代皇帝に即位した。1932年に帰国し、1934年にマリー・テレーズ・グエン・フー・ティランと結婚。王宮で盛大な披露宴を挙げ、その後5人の子供をもうけた。1954年にジュネーブ協定が成立し、ゴ・ディン・ジェムを首相に任命したが、翌年の国民投票により失脚。廃位後はパリへ亡命し、母国へ帰国することなく1997年に死去。この写真は1949年のもの。

 2017年5月、オークションハウスのフィリップスは、とあるロレックスの時計が506万427ドル(約5億7000万円)で落札されたと発表した。10人の愛好家が8分間にわたる入札合戦を繰り広げたこの時計は、当然ながら普通のロレックスではない。18金イエローゴールドケースにムーンフェイズとトリプルカレンダーを備えたRef.6062で、世界に三つしかないブラックダイヤルモデルのうちのひとつだ。しかも、偶数時間にダイヤモンドのアワーマーカーを配したこのモデルは、世界でただひとつのユニークピースである。だが、このタイムピースが愛好家たちから「聖杯」と呼ばれ、至高の存在であるのは、「バオ・ダイ ロレックス」として知られているからだ。ベトナム最後の皇帝の腕を飾ったこのモデルほど価値のある時計はないだろう。

 *バオ・ダイはこの有名な腕時計を1954年の春にジュネーブで手に入れた。インドシナ戦争を受けて集まった列強の首脳陣が、ベトナムの将来についてベトミンと交渉していた。バオ・ダイはその合間に、おそらく気分転換として、有名なロレックス販売店を訪れたのだった。そしてそこでスタッフに「いまだかつてないほど希少な1本が欲しい」と難題を突きつける。光り輝く高級時計が次々と提案されたが、そのどれもが却下された。そして終いには、使者がジュネーブ郊外の工房から、Ref.6062を金庫に入れて運んでくることになったのだ。

複数の愛人を抱えるプレイボーイ 母国が南北に分断される危機的状況にもかかわらず、派手な宝飾品に関心を持っていたバオ・ダイは、1年後には追放された。彼のことを傀儡君主、もっと悪く言えば単なるプレイボーイの山師とみなすベトナム人にとっては、当然の成り行きであった。とはいえ、彼は狩猟に関しては怠惰ではなかったし、ベトナムにいる虎の大部分をひとりで仕留めたといわれている。また、司法制度や教育制度の改革を推進し、側近が皇帝に謁見する際は額を地面に擦りつけなければならないという古代中国の慣習や、ベトナム皇室の虚礼も廃止したという。

 だが彼が、崇拝や信頼を集めるような存在になることはなかった。「つかみどころのない人物」と彼を辛辣に評価したのは、1947年に香港の会員制クラブで彼と遭遇したアメリカの風刺家S・J・ペレルマンだ。バオ・ダイは、このクラブでいつもホステスたちを侍らせていた。ペレルマンに同行していた漫画家による風刺画には、オールバックのヘアスタイルにスーツを着こなしたヒキガエルのような皇帝が、ホステスからタバコに火をつけてもらいながら、大胆なスリットの入ったドレスを纏った別のホステスに腕を回している様子が描かれている。

*バオ・ダイ=漢字で書くと「保大」、つまり「偉大なるものの守り手」という意味。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 24
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